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『雪渡り』なぜ、狐たちは涙を流したのか

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宮沢みやざわ賢治けんじの『雪ゆき渡わたり』は、人間にんげんの子こどもと狐きつねが出会であうお話はなしです。

物語ものがたりの終おわりに、狐きつねの子こどもたちはきらきらと涙なみだをこぼします。人間にんげんの子こどもが、黍きび団子だんごを食たべてくれただけなのに。狐きつねたちは、何なにがそんなにうれしかったのでしょうか。

凍こおった雪原せつげんで、白しろい子こ狐きつねと出会であう

ある冬ふゆの日ひ、雪ゆきがかちかちに凍こおって、いつもは歩あるけない畑はたけや草くさむらの上うえまで、どこまでも歩あるけるようになりました。

四郎しろうとかん子この兄妹きょうだいは、歌うたを歌うたいながら雪原せつげんを歩あるいていきます。森もりに向むかって狐きつねをからかう歌うたを歌うたうと、森もりの中なかから白しろい子こ狐きつねの紺こん三郎さぶろうが現あらわれました。

「狐きつねの団子だんごは兎うさぎのふん」と言いわれて

かん子こは、狐きつねの団子だんごなんて兎うさぎのふんだ、とからかいます。狐きつねは人間にんげんをだますもの、と思おもわれていたからです。

紺こん三郎さぶろうは「そんなことはないよ」と言いい返かえします。自分じぶんたちの黍きび団子だんごは、畑はたけを耕たがやしてちゃんと作つくったものだし、人ひとをだましたりもしない、と。そして二人ふたりを、狐きつね小学校しょうがっこうの幻燈げんとう会かいに招待しょうたいしました。

幻燈げんとう会かいで映うつし出だされたもの

幻燈げんとうとは、光ひかりを使つかって絵えや写真しゃしんを大おおきく映うつし出だすもので、今いまでいう映画えいがのようなものです。月夜つきよの晩ばん、四郎しろうとかん子こは、たくさんの子こ狐きつねたちが待まつ幻燈げんとう会かいへ出でかけます。

最初さいしょに映うつし出だされたのは、お酒さけに酔よった人間にんげんが、野原のはらで変へんなものを食たべてしまった写真しゃしんでした。

黍きび団子だんごを、食たべるか、食たべないか

幻燈げんとう会かいの途中とちゅうで、狐きつねの女おんなの子こが二人ふたりに黍きび団子だんごを持もってきます。

さっきの幻燈げんとうでは、人間にんげんが変へんなものを食たべていました。狐きつねの子こどもたちは、二人ふたりが団子だんごを食たべるかどうか、じっと見みつめています。四郎しろうは、紺こん三郎さぶろうが自分じぶんたちをだますとは思おもわない、とかん子こに伝つたえ、二人ふたりは黍きび団子だんごを全部ぜんぶ食たべました。団子だんごは、ほっぺたが落おちそうなくらいおいしかったのです。

信しんじてもらえたことが、うれしかった

幻燈げんとう会かいの最後さいごに、紺こん三郎さぶろうはみんなに話はなします。人間にんげんの子こどもが狐きつねの作つくったものを食たべてくれたことを忘わすれずに、これからも正直しょうじきに生いきて、狐きつねの悪わるい評判ひょうばんをなくしていこう、と。狐きつねの子こどもたちは立たち上あがり、涙なみだをこぼしました。

狐きつねたちがうれしかったのは、団子だんごを食たべてもらったことそのものより、だますと言いわれてきた自分じぶんたちを、人間にんげんの子こどもが信しんじてくれたことだったのかもしれません。信しんじてもらえたから、今度こんどはその信頼しんらいに応こたえようとしたのです。

考かんがえてみたい問とい

問とい 考かんがえる手てがかり
もし四郎しろうやかん子こだったら、狐きつねの黍きび団子だんごを食たべた? さっき見みた幻燈げんとうと、紺こん三郎さぶろうの言葉ことばを思おもい出だす
狐きつねの子こどもたちは、なぜ涙なみだを流ながしたのだろう? 狐きつねたちがそれまで人間にんげんにどう思おもわれていたか
人ひとに信しんじてもらえると、その人ひとはどう変かわる? 紺こん三郎さぶろうがみんなに呼よびかけたこと
狐きつねたちは、本当ほんとうにやさしいだけだったのだろうか? 幻燈げんとう会かいで起おきたことを、順番じゅんばんに見直みなおしてみる

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