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『海の命』なぜ、太一は巨大なクエを殺さなかったのか

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立松たてまつ和平わへいの『海うみの命いのち』は、海うみで生いきる漁師りょうしの太一たいちが、一人前いちにんまえの漁師りょうしへと育そだっていく物語ものがたりです。

物語ものがたりの終おわりに、太一たいちは岩いわのように大おおきなクエと向むき合あいます。父ちちの命いのちを奪うばったかもしれない魚さかな。これを捕つかまえれば、夢ゆめがかなうはずでした。ところが太一たいちは、もりを下おろしてしまいます。ずっと追おいかけてきたのに、なぜでしょうか。

父ちちの海うみ

太一たいちは、代々だいだい漁師りょうしの家いえに生うまれた男おとこの子こです。父ちちは、潮しおの流ながれが速はやい海うみにもぐって、大おおきな魚さかなを捕とる腕うでのいい漁師りょうしでした。

立派りっぱな魚さかなを捕とっても自慢じまんすることはなく、海うみの恵めぐみに感謝かんしゃする人ひとでした。そんな父ちちにあこがれ、いつか一緒いっしょに海うみへ出でることが、太一たいちの夢ゆめだったのです。

父ちちが帰かえらなかった日ひ

ところがある日ひ、父ちちの船ふねだけが海うみで見みつかります。仲間なかまがもぐってみると、父ちちは水中すいちゅうで亡なくなっていました。父ちちのもりは、岩いわのように動うごかない巨大きょだいなクエに突つき刺ささっていたのです。

父ちちと一緒いっしょに海うみへ出でる夢ゆめは、かなわなくなりました。それでも太一たいちは、漁師りょうしになる道みちを選えらびます。

もう一人ひとりの師匠ししょう・与吉よきちじいさ

中学校ちゅうがっこうを卒業そつぎょうする年とし、太一たいちは与吉よきちじいさという一本釣いっぽんづりの漁師りょうしに弟子でし入いりします。もぐって魚さかなを捕とる父ちちとは、漁りょうのしかたが違ちがう漁師りょうしです。

与吉よきちじいさは、タイを二に十じゅう匹ひき釣つると、まだ釣つれるのに漁りょうをやめて帰かえってしまいます。もっと捕とれるのに、どうしてなのでしょうか。

千せん匹ひきのうち、一いち匹ひきをもらえば十分じゅうぶん

与吉よきちじいさは、海うみにいる千せん匹ひきの魚さかなのうち、一いち匹ひきをもらえば十分じゅうぶんだと考かんがえる人ひとでした。とりすぎなければ、明日あしたの海うみにも魚さかながいる。海うみとともに生いきていくための考かんがえ方かたです。

太一たいちは、漁りょうの技わざだけでなく、海うみとの付つき合あい方かたも学まなびました。そして、与吉よきちじいさに村むら一いち番ばんの漁師りょうしと認みとめられるほどに成長せいちょうします。

忘わすれられない魚さかな

やがて与吉よきちじいさも亡なくなります。太一たいちには、忘わすれられない魚さかなが残のこっていました。父ちちを破やぶった、あの巨大きょだいなクエです。

太一たいちは、父ちちが亡なくなった海うみにもぐり続つづけました。母ははは、太一たいちまで帰かえらなくなるのではないかと心配しんぱいします。それでも太一たいちは、父ちちを破やぶった魚さかなを捕つかまえてこそ、本当ほんとうの一人前いちにんまえになれると考かんがえていたのです。

岩穴いわあなの奥おくの、青あおく光ひかる目め

もぐり続つづけて、ほぼ一いち年ねん。太一たいちは岩穴いわあなの奥おくで、青あおく光ひかる目めを見みつけます。全身ぜんしんは見みえませんが、百ひゃく五ご十じゅうキロを優ゆうに超こえると思おもえるほどの、巨大きょだいなクエでした。

父ちちを破やぶった魚さかななのか、太一たいちにも確信かくしんはありません。それでも、探さがし続つづけた瀬せの主ぬしかもしれないと思おもい、もりを向むけます。ところがクエは逃にげようとせず、おだやかな目めで、じっと太一たいちを見みているのです。太一たいちは、この魚さかなを捕とらなければ一人前いちにんまえにはなれないと思おもい、泣なきそうになります。

「おとう、ここにおられたのですか」

そして太一たいちは、ふっとほほえみ、もりを打うたずに、心こころの中なかでクエに呼よびかけます。「おとう、ここにおられたのですか。また会あいに来きますから。」

父ちちが魚さかなに変身へんしんした、というわけではありません。太一たいちは、目めの前まえのクエに父ちちの姿すがたを重かさねたのかもしれません。そして、この大おおきな魚さかなを「海うみの命いのち」だと思おもえたのです。

夢ゆめの意味いみが変かわった

その後ごも太一たいちは、村むら一いち番ばんの漁師りょうしであり続つづけました。家庭かていをもち、年としを重かさねても、あのクエを見みつけたことは、生涯しょうがいだれにも話はなしませんでした。

太一たいちははじめ、巨大きょだいなクエを捕つかまえることで一人前いちにんまえになろうとしていました。でも、与吉よきちじいさは、魚さかなをたくさん捕とることだけが大切たいせつだとは考かんがえていませんでした。父ちちも、海うみの恵めぐみに感謝かんしゃする漁師りょうしでした。二人ふたりとも、海うみとともに生いきていたのです。

太一たいちは、夢ゆめをあきらめたのではなく、夢ゆめの意味いみが変かわったのではないでしょうか。大おおきな魚さかなを捕つかまえることではなく、海うみとともに生いきていくこと。それが、太一たいちの見みつけた一人前いちにんまえの漁師りょうしの姿すがただったのかもしれません。だからこそ、クエとの出来事できごとをだれかに話はなして、証明しょうめいする必要ひつようもなかったのです。

考かんがえてみたい問とい

問とい 考かんがえる手てがかり
太一たいちがクエを殺ころさなかったのは、なぜだろう? 与吉よきちじいさの「千せん匹ひきに一いち匹ひき」の考かんがえ方かたと、父ちちの生いき方かた
太一たいちは、なぜクエを「おとう」と呼よんだのだろう? クエのおだやかな目めと、太一たいちが思おもい出だしたもの
太一たいちにとっての「一人前いちにんまえの漁師りょうし」は、物語ものがたりの中なかでどう変かわった? クエを追おい始はじめたころと、物語ものがたりの終おわりの太一たいち
太一たいちは、なぜクエのことをだれにも話はなさなかったのだろう? 村むら一いち番ばんの漁師りょうしであり続つづけたこと

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