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『ごんぎつね』最後の「青い煙」は何を意味する?──二通りの読み方と、子どもへの聞き方

ごんぎつね|青い煙にかくされたヒミツ【考察】▶ YouTubeで見るごんぎつね|青い煙にかくされたヒミツ【考察】

『ごんぎつね』は、こう終おわります。

兵十ひょうじゅうは火縄銃ひなわじゅうをばたりと取とり落おとしました。青あおい煙けむりが、まだ筒口つつぐちから細ほそく出でていました。

なぜ、最後さいごの一行いちぎょうが「青あおい煙けむり」なのでしょうか。

「ごんが死しんで悲かなしい」で終おわってしまうと、この一行いちぎょうの意味いみは宙ちゅうに浮ういたままです。けれどここには、まったく違ちがう二ふたつの読よみ方かたができます。

この記事きじでは、その二に通とおりを紹介しょうかいしたあと、子こどもにどう聞きいてみるかまで一緒いっしょに考かんがえます。宿題しゅくだいで聞きかれて困こまっている方ほうにも、授業じゅぎょうの入いり口くちを探さがしている方ほうにも、なにかしら持もち帰かえってもらえたらうれしいです。


この物語ものがたりは、最初さいしょから「色いろ」で語かたられている

青あおい煙けむりの話はなしに入はいる前まえに、ひとつ気きづいておきたいことがあります。

『ごんぎつね』には、色いろがとても多おおく出でてきます。

黒くろと白しろ

兵十ひょうじゅうが着きているのは、ぼろぼろの黒くろい着物きものです。ところが葬式そうしきの場面ばめんでは、白しろいかみしもを着きています。

黒くろと白しろは、そのまま「生いきること」と「死しぬこと」のあいだに置おかれた色いろとして読よめます。

弥助やすけの奥おくさんのおはぐろも出でてきます。これも昔むかしは、死者ししゃを見送みおくる立場たちばの人ひとのしるしでした。

赤あか

赤あかい井戸いど。彼岸花ひがんばな。兵十ひょうじゅうの真まっ赤かなほっぺ。

赤あかは、いのちの色いろです。同時どうじに、血ちの色いろでもあります。生いきる力ちからと、死しの近ちかさを、ひとつの色いろで同時どうじに見みせてくる。

こうして並ならべてみると、この物語ものがたりは最初さいしょから死しの気配けはいに包つつまれていたことが分わかります。

そのうえで、最後さいごに出でてくるのが「青あお」なのです。


読よみ方かたその1:魂たましいを見送みおくる色いろ

青あおは、静しずかで、冷つめたい色いろです。

お線香せんこうの煙けむりを思おもい浮うかべてください。細ほそく、まっすぐ、静しずかに立たちのぼっていく。青あおい煙けむりは、魂たましいを見送みおくる色いろとして読よむことができます。

この読よみ方かたをすると、最後さいごの一行いちぎょうはこうなります。

ごんは死しんだ。その魂たましいが、いま立たちのぼっていく。

赤あか・白しろ・黒くろが「終おわり」を告つげていたのに対たいして、青あおが最後さいごにそっと置おかれる。静しずかな鎮魂ちんこんの場面ばめんとして、物語ものがたりが閉とじられるわけです。


読よみ方かたその2:きつね火ひの青あお

ところが、青あおにはもうひとつの顔かおがあります。

「きつね火ひ」の色いろです。

夜よの森もりで、ふっと光ひかる青あおい火ひ。昔むかしの人ひとは、あれを見みて「きつねの魂たましいがよみがえった」と言いいました。

この読よみ方かたをすると、同おなじ一行いちぎょうがまるで違ちがって見みえてきます。

ごんの命いのちが天てんにのぼり、またどこかで生うまれかわった。

ごんは、死しんで終おわったのではなく、姿すがたを変かえて続つづいていく。

赤あかも白しろも黒くろも「おわり」の色いろでした。けれど青あおだけが、「つづき」を感かんじさせる色いろなのです。


どちらが正解せいかいなのか

どちらも成なり立たちます。そして、決きめる必要ひつようはありません。

新美南吉にいみなんきちが「こちらのつもりで書かいた」と言いい残のこしているわけではありません。二に通とおりに読よめるように書かかれている、と考かんがえるほうが自然しぜんです。

ここが、子こどもと話はなすときのいちばんの見みどころだと思おもいます。「答こたえがひとつではない場所ばしょ」に立たち会あえるのは、そう多おおくありません。


もうひとつの「生いき続つづけ方ほう」

じつは、ごんが生いき続つづける道みちは、もう一ひとつあります。

この『ごんぎつね』という物語ものがたりそのものが、兵十ひょうじゅうの語かたりかもしれない、という読よみ方かたです。

思おもい出だしてください。物語ものがたりの冒頭ぼうとうには、こう書かかれています。

昔むかし、おじいさんから聞きいたお話はなしです。

つまり、誰だれかが語かたり継ついできた話はなしなのです。

では、最初さいしょに語かたったのは誰だれでしょうか。ごんが死しんだ場面ばめんを知しっているのは、兵十ひょうじゅうだけです。

兵十ひょうじゅうは、ごんがなぜ栗くりや松まつたけを届とどけてくれたのかを考かんがえて、想像そうぞうして、語かたったのかもしれません。「ごんは、こんな気持きもちだったんじゃないか」と。

だとすれば、ごんは物語ものがたりのなかで生いき続つづけていることになります。私わたしたちが読よむたびに。


この物語ものがたりは「思おもいこみ」の物語ものがたりでもある

いま「兵十ひょうじゅうの想像そうぞうかもしれない」と書かきました。じつはこれ、物語ものがたり全体ぜんたいに流ながれているテーマとつながっています。

ごんも、思おもいこみで動うごいているのです。

ごんは、うなぎを盗ぬすんだせいで兵十ひょうじゅうの母親ははおやが食たべられなかった、と思おもいこみます。けれど本文ほんぶんをよく読よむと、母親ははおやがうなぎを食たべたがっていた場面ばめんは、どこにも書かかれていません。 ごんがそう感かんじただけです。

いわしの場面ばめんも同おなじです。兵十ひょうじゅうが「いわし屋やのやつにひどい目めにあわされた」と言いうのを聞きいて、ごんは「ぶんなぐられたにちがいない」と思おもいます。けれど本文ほんぶんにあるのは、兵十ひょうじゅうのほっぺのかすり傷きずだけ。

ごんは、兵十ひょうじゅうの身みに何なにが起おきたのかを、自分じぶんの中なかで物語ものがたりにしてしまっている。

そして兵十ひょうじゅうのほうも、ごんを「ぬすっと」だと思おもいこんでいました。

ふたりとも、思おもいこみで相手あいてを見みていた。思おもいこみでつながり、思おもいこみで離はなれていく。 それがこの物語ものがたりのかたちです。

けれど、その思おもいこみは冷つめたいものではありません。ごんはずっと、兵十ひょうじゅうを心配しんぱいしていたのです。思おもいこみの中なかにも、やさしさはある。


考かんがえてみたい問とい

問といかけ ねらい
「最後さいごの青あおい煙けむり、どんな感かんじがした?」 印象いんしょうから入はいる。答こたえやすい
「あの煙けむり、ごんとお別わかれする合図あいずかな。それとも、ごんがどこかで生いきてる合図あいずかな」 二に通とおりの読よみに触ふれる
「ごんは、兵十ひょうじゅうのお母かあさんがうなぎを食たべたがってたって、どこで知しったんだろう?」 思おもいこみに気きづく
「かすり傷きずなのに、どうして『ぶんなぐられた』と思おもったのかな」 想像そうぞうと事実じじつのちがいに気きづく
「このお話はなし、最初さいしょにだれが話はなしたんだと思おもう?」 語かたり手ての存在そんざいに気きづく

聞きくときのコツ

先さきに答こたえを言いわないこと。 これに尽つきます。

大人おとなが「青あおい煙けむりはね、魂たましいを表あらわしているんだよ」と教おしえた瞬間しゅんかん、その子この読書どくしょは終おわります。「へえ」で終おわって、二度にどと考かんがえません。

かわりに、「どうしてそう思おもったの?」 と聞きき返かえしてみてください。子こどもは、自分じぶんでも気きづいていなかった理由りゆうを、しゃべりながら見みつけていきます。

うまく答こたえられなくても、まったく問題もんだいありません。「わからないね」で終おわる会話かいわにも意味いみがあります。 分わからないまま持もち帰かえった問といは、しばらくしてから、ふと戻もどってくることがあります。


おわりに

『ごんぎつね』は、悲かなしいお話はなしです。それは間違まちがいありません。

けれど「かわいそうだったね」だけで閉とじてしまうには、あまりに多おおくのものが書かき込こまれています。色いろ、思おもいこみ、語かたり継つぎ、そして最後さいごの青あおい煙けむり。

ごんの青あおいひかりは、兵十ひょうじゅうの心こころに残のこりました。 そして、読よんだ人ひとの心こころにも残のこります。だからこの物語ものがたりは、百ひゃく年ねん近ちかく語かたり継つがれてきたのだと思おもいます。

お子こさんが、思おもいもよらない読よみ方かたを返かえしてくれたら——ぜひ、そのまま聞きいてあげてください。それは、大人おとなが用意よういした答こたえよりずっと価値かちがあります。


この記事きじは、YouTube「おわか文庫ぶんこ」の考察こうさつ動画どうがをもとに書かいています。ミアとハルンの会話かいわで聞ききたい方ほうは、動画どうがのほうもどうぞ。全ぜん4回かいで、ごんの生いきた時代じだいからこの青あおい煙けむりまでをたどっています。

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