読み深め

『注文の多い料理店』二人はなぜ、食べられる側になったのか──狩りに来た紳士たち

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にん紳士しんしは、やま食事しょくじをしにたのではありません。鉄砲てっぽうち、とりけものつためにています。

ところが山猫やまねこのきでは、にん自身じしんべられそうになります。「べるがわ」だったひとが「べられるがわ」になる逆転ぎゃくてんは、この物語ものがたりなにあらわしているのでしょうか。

にんは、なにをしにやまたのか

にん鉄砲てっぽうち、とりけものつけたらとうとしてやまはいります。鹿しかったら痛快つうかいだろう、とたのしそうにはなしています。

ここでは、動物どうぶついのちをこわがるよりも、つことのたのしさがさきかれています。

りをすることそのものではなく、いのちをどうているかに、にんつめたさがあらわれているようにえます。

いぬたおれたときの言葉ことば

やまなかで、にんれていたいぬたおれます。けれどにんは、かなしむよりさきに、いぬ値段ねだんそんをした金額きんがくのことをはなします。

大切たいせついぬうしなったというより、たかものうしなったようなかたです。

また、りができなければ、かえりに山鳥やまどりえばよいともいます。にんにとって動物どうぶつは、つものやうものとしてえているようです。

山猫やまねこのきで、立場たちばぎゃくになる

山猫やまねこのきはいると、にん鉄砲てっぽうかされ、ふくがされ、クリームをらされます。最後さいごには、からだしおをもみむようにわれます。

これは食事しょくじ作法さほうではありません。にん料理りょうりにするための準備じゅんびです。

動物どうぶつべるがわにいたにんは、山猫やまねこにとってのものになります。にんはじめて、自分じぶんいのち料理りょうり材料ざいりょうとしてあつかわれるこわさをります。

山猫やまねこは、正義せいぎ味方みかたなのか

山猫やまねこにんおなじことをかえしている、とむことはできます。にん動物どうぶつってべようとするように、山猫やまねこ人間にんげんべようとしています。

ただし、山猫やまねこ正義せいぎ味方みかただとることはできません。山猫やまねこたちも、にんべることをたのしみにしているようにえるからです。

いのちかるて、べることをたのしみにするこわさは、にんだけでなく山猫やまねこにもあります。

やまなかえるかたちになったもの

山猫やまねこは、にんをこらしめるためだけにてくる存在そんざいではないのかもしれません。

にんなかにあった、いのち自分じぶんたのしみのためにあつかうこわさを、やまなかえるかたちにした存在そんざいともめます。

べるがわだったひとが、べられるがわまわったとき、これまでえていなかったいのちおもさがえてきます。

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