『注文の多い料理店』二人はなぜ、食べられる側になったのか──狩りに来た紳士たち
▶ YouTubeで見る注文の多い料理店|命を大切にしない二人は……。二人の紳士は、山へ食事をしに来たのではありません。鉄砲を持ち、鳥や獣を撃つために来ています。
ところが山猫軒では、二人自身が食べられそうになります。「食べる側」だった人が「食べられる側」になる逆転は、この物語で何を表しているのでしょうか。
二人は、何をしに山へ来たのか

二人は鉄砲を持ち、鳥や獣を見つけたら撃とうとして山へ入ります。鹿を撃ったら痛快だろう、と楽しそうに話しています。
ここでは、動物の命をこわがるよりも、撃つことの楽しさが先に置かれています。
狩りをすることそのものではなく、命をどう見ているかに、二人の冷たさが表れているように見えます。
犬が倒れたときの言葉

山の中で、二人が連れていた犬が倒れます。けれど二人は、悲しむより先に、犬の値段や損をした金額のことを話します。
大切な犬を失ったというより、高い物を失ったような言い方です。
また、狩りができなければ、帰りに山鳥を買えばよいとも言います。二人にとって動物は、撃つものや買うものとして見えているようです。
山猫軒で、立場が逆になる

山猫軒に入ると、二人は鉄砲を置かされ、服を脱がされ、クリームを塗らされます。最後には、体に塩をもみ込むように言われます。
これは食事の作法ではありません。二人を料理にするための準備です。
動物を食べる側にいた二人は、山猫にとっての食べ物になります。二人は初めて、自分の命が料理の材料として扱われるこわさを知ります。
山猫は、正義の味方なのか

山猫が二人に同じことを返している、と読むことはできます。二人が動物を撃って食べようとするように、山猫は人間を食べようとしています。
ただし、山猫を正義の味方だと言い切ることはできません。山猫たちも、二人を食べることを楽しみにしているように見えるからです。
命を軽く見て、食べることを楽しみにするこわさは、二人だけでなく山猫にもあります。
山の中で見える形になったもの

山猫は、二人をこらしめるためだけに出てくる存在ではないのかもしれません。
二人の中にあった、命を自分の楽しみのために扱うこわさを、山の中で見える形にした存在とも読めます。
食べる側だった人が、食べられる側に回ったとき、これまで見えていなかった命の重さが見えてきます。
考えてみたい問い
| 問い | 考える手がかり |
|---|---|
| 二人が食べられる側になったとき、何にいちばん驚いたと思う? | 山猫軒で出された注文をたどる |
| 犬が倒れた場面は、二人のどのようなところを表している? | 二人が犬について何と言ったかを読む |
| 山猫は、二人に何を見せたのだろう? | 二人と山猫の「食べる側」を比べる |
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