ミアとハルン 小さな魔法使いの旅
大人になる魔法

旅のとちゅう、小さな魔法使いの姉弟は、先生と高い丘の上にいた。
「見て! ステキな街が見える!」
姉のミアが目をキラキラさせて指さした先には、大きな街が広がっていた。
丘の上からなので、街の様子がよく見える。石でできた美しい街並みを、青々とした木々が彩っている。

「あれは、大人の国ですね」
先生がおだやかな声で言った。
「大人の国?」
弟のハルンが、街をながめながら聞いた。
「あの国には大人しかいません。大人しか入れない国なのです」
「えー。そんな国があるの? わたしたち、入れないじゃない」
ミアは街の真ん中にある大きな噴水を、じっと見つめた。
「大人って、いつもずるい。いつも子どもにないしょで楽しいことしてるっ!」
「ふふふ。そうかもしれませんね」
「早く、わたしも大人になりたいなぁ」
「大人になって、なにするの?」
ハルンは不思議そうに、ミアを見る。
「え。わかんないけど……。とりあえず、大人の国に入ってみたい。自分で、なんでもできるようになりたい!」

草木をゆらして、強い風が通り抜けた。
「その願い、かなえてやろうか?」
突然、目の前に真っ赤な髪をした小さな男の子が現れた。ふわふわと宙に浮いている。
「わっ! びっくりした。あなた、精霊さま?」
「そうだよ。おまえ、魔法使いだろ? 願いを魔法に変えてやるよ」
「どうして、そんなことしてくれるの?」
「楽しそ……ちがう、おれは親切な精霊なんだ」
精霊は、にやにやと笑う。
先生は、精霊をじっと見つめた。
「そんな目で見るなよ。悪いようにはしないって」
精霊は、少しだけ後ろに下がった。

「さあ、どうするんだ?」
精霊の言葉に、ミアはうなずく。
「その魔法、教えて!」
「ほい。きた」
精霊は両手を輝かせて、ミアにふれる。
「おまけで、おまえにもやるよ」
ハルンにも、光る手でタッチした。
ふたりの体に、精霊の魔法が流れ込んだ。
「じゃあな。楽しませて……楽しんでくれよっ!……あ。子どもだってバレたら、魔法が消えちまうから気をつけな」
精霊は、まばたきをしている間に、ふっと消えてしまった。

「わたし、大人になってあの街に行ってみる!」
ミアは、にこにこしながらかけ出していった。
先生は、ハルンをちらりと見る。
「どうしますか?」
「ぼくは、いいや。……ミアが心配だけど」
ハルンは、かけていくミアの背中を見つめた。
「では、わたしたちはここで見守りましょうか」
先生は、すっと水晶玉を取り出した。それはキラキラした透明な球で、遠くのようすを見ることができる。
水晶玉の中には、元気に走るミアの姿が映っていた。

ミアは、大人の国の前までくると、精霊にもらった魔法を使った。
やさしい光が体を包みこみ、ミアは大人の姿へと変わる。
「やった!」
大人になった体に合わせて大きくなったローブをひるがえし、門へと向かった。

「すみません。この国に入りたいのですが」
ミアは、少し大人っぽい声を意識して、門番に話しかけた。
「あなたは、大人ですか?」
「はい。わたしは大人です」
──本当は、子どもなんだけどね。
ミアは心の中でつぶやく。
門番は少し考えてから、うなずいた。
「いいでしょう。この国の決まりをお伝えします」
「決まり?」
「はい。この国にいる大人は、ぜったいに仕事をしなければなりません」
「わたしも?」
「はい。何か得意なことはありますか?」
「わたし、魔法使いなの。キラキラの光が出せるわ!」
ミアの言葉に、門番は少し目を細める。

「では、ともし屋のガゼに話すと、仕事を見つけられるかもしれません」
門番は紙にガゼの居場所を書いて、ミアに渡した。
「ありがとう。行ってみるわ」
ミアはお礼を言って、国の中へ入った。
大人の国には、ステキな建物や道がいっぱいあった。お店もたくさんあって、どれもおしゃれでかわいい。
「すごくきれいな街!」
思わず声が出た。
ふと見たお店のガラスに、自分の姿が映っていた。
「これがわたし? とってもステキ! お姉さんみたい!」
ミアは、ガラスに映った自分を見て、にんまりと笑った。

「旅の人かい?」
かっぷくのいい奥さんに声をかけられた。
ミアは、変な人だと思われないように、背すじをぴんと伸ばす。
──本当は子どもだなんて、バレちゃいけない。
「ええ! とってもステキな街ですね」
「そりゃあ、そうだよ。この街に住んでいる人は、みんな仕事をしているからね。街はどんどんと成長していくんだ」
奥さんは、少しじまんげに言った。
「中央広場の噴水に行ってみな。この街で一番の景色が見られるよ」
「ありがとうございます!」
ミアは楽しくなって、鼻歌を歌いながら中央広場へと向かった。

中央広場の噴水は高く水をふき上げていた。まるで雨のように水しぶきが広がり、水面をたたいている。
石だたみの道の周りには木々が立ち並び、目を見はるほど美しい景色が広がっていた。
「これが大人の国……大人にしか見れない景色……」
ミアは、その光景に見とれて立ち止まった。
道を歩く人たちは、みんな忙しそうに歩き去っていく。きっと、それぞれに仕事があるのだろう。

「ちょっと、お姉さん。後ろ、通るよ」
後ろから声がしたけど、はじめは自分のことだと気づかなかった。
「ごめんよ、お姉さん」
「え? わたしっ?」
ふりかえると、大きな荷車を引いたおじいさんが立っていた。
「ああ、すまんね。こいつを運ぼうと思ったら、どうしてもまっすぐしか進めなくてね」
荷車の中には、透明な丸い玉がたくさん入っていた。

「ごめんなさい。おじいさん、それ、なにに使うの?」
ミアは道をあけながら、荷車の中をのぞきこむ。
「これは、ともし火だ。夜になると、やさしく街を照らしてくれる」
「ともし火?……おじいさん、もしかして、ともし屋のガゼさん?」
「ああ。そうだとも。わしがともし屋のガゼだ」
ミアは、門番にガゼをたずねるように言われたことを話した。
「お姉さん、魔法使いだったか。……でも、手伝ってもらうようなことはないな」
ガゼは、荷車を引いて歩き出した。
「でも、なにか仕事をしなくちゃいけなくって。……ガゼの仕事、見学させてちょうだい」
ミアは、荷車を後ろから押した。
水しぶきがはねて、ひんやりとした空気を運んでくる。

ちょっと強引だったけど、ガゼの仕事を見せてもらえることになった。
ガゼは、昨日つけたともし火を、新しいものに入れかえていく。
自分の背よりも高いところにある台座に手をのばして、ひとつずつ入れかえる。
入れかえたともし火には、あたたかな光がともった。

「一晩照らすと、こいつらは光をなくしちまう。だから、毎日入れかえないといけねえんだ」
ガゼは、つらそうに腰をおさえながら言った。
「若いころはな。夕陽を見る前に、全部のともし火を入れかえられたんだけどな」
太陽がかたむき、だんだんと空があかね色に変わってきた。
ガゼは、取り外したともし火をやさしくふき、大事そうに荷車の中へともどした。
「ガゼ、もう日が暮れちゃう。早く残りのともし火も入れかえないと」
ミアは荷車に積まれた、まだたくさん残っている新しいともし火を見て言った。
「そうだな。よいしょっと」
ガゼは腰をおさえてから、荷車を引き始めた。
ミアは、後ろから荷車を押した。
──ガゼ……つらそう。なんとか、手助けしてあげられないかな。
わたしは、ともし火のつけ方はわからないし。できることといえば、光の魔法くらい。
ミアは、よたよたと歩くガゼの背中をじっと見つめた。
──そうだ!
わたしの光の魔法で、まだ入れかえてないともし火に、光をともしてあげればいいんだ。
ミアは、荷車から手をはなして、ぱんっと手をたたいた。
「ガゼ、わたしに任せて! 残りのともし火は、わたしがつけるわ!」
ミアはそう言うと、ガゼの返事も待たずにかけ出した。
——きっと、わたしもこの街の役に立てる。

ミアは、街を見渡せる高いところまでやってきた。
まだ入れかえていないともし火を、ひとつひとつ探す。
太陽は、もう西の空に沈もうとしている。
──早く、街に光を灯さないと。うまくいくか心配だけど、今のわたしならきっとできる!
ミアは、すっと空に手をかかげた。
──光よ。
宙に、きらきらと光の粒が広がる。
光の粒は、いくつにも分かれて、光を失ったともし火の中へと入りこんだ。そして、ひとつひとつが明るく輝きはじめる。
街中が、ぱっと明るくなり、まるで昼間のようだ。
美しい大人の街を、ミアの魔法の光が照らした。

──うまくいったわ! 大人になって、魔法もなんだか上手になったみたい!
「なんだ! 今日のともし火はやけに明るいな」
「キレイじゃない。こんな夜もいいわねぇ」
人々が、声を上げる。
──やった! わたしにもできる仕事がある!

ミアは、うきうきした気持ちをこらえながら、ガゼのところにもどった。
「ガゼ、ともし火の光は全部つけられたわ!」
ミアはガゼに声をかけた。……けれど、ガゼの様子がおかしい。
「な……なんて、ことを……」
小さく肩をふるわせている。
「わ、わしは……。もう、この国にいられない……。どうして、わしの仕事をうばうんだ」
「え? いや、うばうなんて。そんな……」
ミアは、首を横にふった。ガゼを助けようと思っただけだった。
「働けないものは、この国にはいられない。こんな年寄りに、ほかにできる仕事はない……」
ガゼは、かなしそうな顔をしてうつむく。
「ごめん……なさい」
ミアは、それ以上なにも言えなかった。
「もう、おしまいだ」
ガゼはしゅんと、道ばたのベンチに座りこんでしまった。

ミアは、小さくなったガゼを見つめることしかできなかった。
──どうすれば、いいの?
そのとき、年をとった夫婦がやってきた。
「なあ、ともし屋さん。今日の光は、やけに明るくねえか」
だんなさんが声をかけてくる。
「わたしゃ、いつもの光がいいねぇ。これじゃ、夜の街を楽しめないよ」
おくさんの声に、周りにいた人たちもうなずいた。
「たしかに。これだけ明るいと、大人の街の夜のよさが出ないな」
「いつものやさしい光がいいよ」
「ガゼ、どうしちまったんだ? いつもの光をたのむよ」
男の人が、ガゼに声をかける。

「ごめんなさい! わ、わたしなの!」
ミアは、思わず声を上げた。
「わたしが、ガゼの言うことを聞かないで、勝手に明るい光をつけてしまったの」
ミアは、頭を下げる。
「勝手に……? 大人とは思えない」
「ああ。それは、大人のすることじゃないね」
「大人なら、責任を取らないと」
人々の目が、ミアに向けられる。
──どうしよう。光の魔法、消し方がわからない……。みんなして……そんなに言わなくてもいいじゃない……。
「ごめん……なさい」
ミアは、またあやまることしかできなかった。
「こいつ、本当に大人か? あやまるだけなら、子どもにもできるぞ」
男の人が、あらあらしく声を出す。
「この光、消してまわりなさいよ」
みんな怒った顔で、ミアをにらみつける。
──あやまっても、ゆるしてもらえない……。ここで言い返したら、子どもだってバレちゃうかもしれない。

「待て」
ずっと黙っていたガゼが顔をあげた。
「この娘は、わしの手伝いをしようとしたんだ。まだ、この街に来たところなんだ」
みんなを見比べる。
「仕事を覚えようとしているところだ。若いもんの失敗くらい、支えてやるのが大人だろう」
ガゼの言葉に、みんなは顔を見合わせた。
「まあ、ガゼがそう言うなら」
「早く、元にもどしてよね」
街の人たちは、そう言って歩き去っていった。
「ガゼ……。ごめんなさい」
ミアは、ガゼを見る。

ガゼは、少し考えてから口を開いた。
「いいや。わしもな……仕事がうまくできなくなってきていたのは、気づいていたんだ。できないことをみとめたくなかった。だれかのせいにしたかっただけなんだよ」
ガゼの言葉に、ミアは胸が痛んだ。
──大人って、むずかしい。
「わたし、光の魔法を消さなくちゃいけないから、行くね」
ミアはそう言ってかけ出した。
ガゼには、ああ言ったものの、どうすれば光の魔法が消せるのかわからない。
明るく輝くともし火に手をかざしてみる。けれど、光はまったく言うことを聞いてくれなかった。
「お願い……消えて。わたしの魔法……」

──どうしよう。このままじゃ、みんなに迷惑をかけてしまう。
ミアは、道のはしでうずくまった。
涙があふれてくる。
ほろり、ほろりとこぼれ落ちた。
──どうして、こんなことしちゃったんだろう。
大人なんて、もうイヤよ。

そう思ったとき、ミアの肩を、だれかがやさしくたたいた。
見上げると、ひとりの青年が立っていた。おだやかな顔で、ほほえんでいる。
──どこかで、会ったことがある?
そんな気がした。

「だいじょうぶ。やり直せるよ」
青年はそう言うと、両手を前に出した。
すると、彼の体から影が広がっていく。その影は、ミアの光に照らされたともし火を、ひとつひとつと包みこんでいった。
すうっと、街から光が消えていく。
ガゼのやさしいともし火の光だけが残り、街はしずかな夜にもどった。

「ここからは、ミアの仕事だよ」
青年はにこりと笑うと、歩き去ってしまった。
──わたしの名前、知ってる。やっぱりどこかで会ったことがある! どこで……?
ミアは、お礼も言えなかった。
けれど、ほおをぬぐって立ち上がる。
「ガゼのところに行かなきゃ」
ミアは、もう一度かけ出した。

ガゼは、真っ暗になった街で、ひとり、ともし火を入れかえていた。
ゆっくりと。でも、ていねいに。
何年も、何年も、この仕事を続けてきたのだ。
「ガゼ、ごめんなさい」
ミアは、そっと声をかける。
「いいや。わしも気づいたんだ」
ガゼは、消えたともし火を手に取って言う。
「人は年をとれば、できなくなることもある」
ガゼはそれを大事にしまい、新しいともし火を取り出す。
「そんなときはな。だれかの力を借りないといけない」

やさしく光るともし火を、ミアに差し出した。
「これを、そこの柱に入れてくれんか?」
ガゼの言葉に、ミアの顔はパッと明るくなった。
「もちろん!」
ミアは、ともし火を大切に受け取り、柱に取り付けた。
やわらかな光が、ふたりを照らす。
「よし。次だ。まだついていないともし火は、たくさんある」
ガゼは、しわしわの顔でほほえむと、荷車を引いた。
ミアもかけよって、後ろから押す。
ふたりが通った道には、ぽつり、ぽつりとやさしい光がともっていった。

しばらくして、街中のともし火に光がともった。
ミアは、ガゼといっしょに、噴水がある中央公園にもどってきた。
夜の公園は、昼とはちがう美しさがあった。ガゼのともし火が、それをやさしくいろどっている。

「やっぱり、大人の街の夜はこうじゃないとな」
「姉ちゃん、よくやったじゃねえか。大人の責任が取れたな!」
さっきの男の人が、声をかけてきた。
──魔法の光を消したのは、本当はわたしじゃないのだけれど……。
あの人は、どこにいったんだろう?
「ガゼ、今日はありがとう」
ミアは、お礼を言った。

「わたしに大人は、まだ早かったみたい。すごく楽しかったけど、この街を出るわ」
「そうかい。いい弟子を見つけたと思ったんだがな」
ガゼは、しわしわの顔をして笑った。
「それに、じょうちゃん、もしかしてまだ……」
「しっー! それ以上言わないで! 魔法が消えちゃう!」
ミアはイタズラっぽく手をふった。
「ガゼの弟子なら、きっとすぐに見つかるよ。だって──」
ミアは、あたりを見わたす。
やさしい光に照らされた、噴水の水しぶきがキラキラと輝く。木々が風にゆれ、さわさわと音を立てていた。
「こんなにステキな仕事なんだもの!」
ミアの言葉に、ガゼは嬉しそうにうなずいた。
夜の街の外、小さな女の子が小道を歩いていた。
「おかえりなさい。ミア」
先生が、やさしく声をかける。
「大人の国は、どうでしたか?」
ミアは、少し考えてから答えた。
「とてもキレイで、ステキな場所だったわ。でも……」
ミアは、ふっとほほえむ。
「わたしはまだ、子どもでいいかな」
先生とハルンは、顔を見合わせた。
「子どものうちにしておきたいこと、まだたくさんある気がするの!」
ミアの言葉に、先生はうなずく。

「ところでね。大人の街で、なんだか見覚えがある人に会ったの」
ミアは、思い出すように空を見上げた。
「ど、どこかの街であった人じゃない!?」
ハルンが、あわてて声を上げる。
「きょ、今日も星がきれいだね!」
ハルンは、満天の星空に両手を広げた。
「ほんとね。星の光って、明るいわけじゃないけど、やさしくて、あたたかい」
ミアも、星を抱きしめるように両手を広げた。
夜空には、たくさんの星がともし火のように輝いていた。
「くくく。やっぱり、人間はおもしろいなあ」
真っ赤な髪をした男の子が、木の上から三人を見下ろしていた。
「魔法使いなんて、めったに会えないし、ちょっとついていってみるか」
男の子は、ふわふわと体をうかせて、三人のあとを追った。

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