『白いぼうし』女の子の正体はチョウ?──作者が答えを書かなかった理由
▶ YouTubeで見る白いぼうし|不思議な女の子の正体は?【考察】タクシーの後ろの席に、いつのまにか座っていた女の子。
行き先を告げ、急かし、そして——車が止まったとき、もういません。
あの女の子は、いったい何者だったのでしょうか。
多くの人が「チョウだったのでは」と考えます。たしかに、そう読める手がかりは、いくつも置かれています。けれど本文をよく読むと、あまんきみこさんは、正体をどこにも書いていません。
チョウだと読める手がかり

まず、女の子がチョウだと考えられる理由を、順番に見てみます。
「四角い建物ばかり」の町に迷いこんでいる
女の子は、こう言います。
道にまよったの。行っても行っても、四角い建物ばかりだもん。
「四角い建物ばかり」——町の中の景色です。この言い方からは、女の子がこの場所になじんでいないことが伝わってきます。自然の中にいるはずのものが、町に迷いこんでしまった。そんな印象を受けます。
行き先が、はっきりしない
行き先を聞かれた女の子は、こう答えます。
え。——ええ、あの、あのね。菜の花横町ってあるかしら。
「あるかしら」。 自分が行きたい場所なのに、あるかどうかを人に尋ねています。行き先がちゃんと決まっていない言い方です。
そして、とっさに口をついて出たのが花の名前でした。
行き先はあいまいなのに、とにかく急ぐ
そのすぐあと、女の子は身を乗り出して急かします。
早く。おじちゃん、早く行ってちょうだい。
行き先ははっきりしないのに、出発だけは急いでいる。ここから読み取れるのは、「どこへ行くか」よりも「ここから早く離れたい」という気持ちの強さです。
何かから逃げようとしている——そう感じられる場面です。
たどりついたのは、名前のない野原
そして、車が止まったのは、菜の花横町でも菜の花橋でもありませんでした。クローバーとたんぽぽの、小さな野原です。
女の子は、いつのまにかいなくなっています。そして野原には、白いチョウがたくさん飛んでいました。
ここで、女の子とチョウが重なって見えるのです。
それでも、作者は「チョウです」と書かなかった

手がかりはこれだけ揃っています。それなら、なぜ作者ははっきり書かなかったのでしょうか。
ここで、ひとつ考えてみたいことがあります。
もし本当に「女の子はチョウです」と決まっているなら、作者はそう書くこともできたはずです。
けれど、書いていません。書けなかったのではなく、書かないことを選んだのだと思います。
「チョウそのもの」ではなく「チョウのような存在」

女の子の行動を振り返ると、一貫していることがあります。
- 名前を名乗らない
- 行き先をはっきり言わない
- 急いでその場を離れたがる
- そして、いつのまにか消えている
つかまえられることを、いやがっている。 そう読むことができます。
これは、チョウそのものの姿でもあります。チョウもまた、人の手からすっと逃げていく生きものです。
そう考えると、「女の子はチョウだ」と決めてしまうより、「チョウのように、つかまらない存在だった」と読むほうが、この物語には合っているのかもしれません。
正体を決めないからこそ、女の子は最後まで自由なままでいられます。読者にも、つかまえられないのです。
最後の「よかったね。よかったよ。」は、誰のことば?

物語の終わりに、こんな声が聞こえてきます。
よかったね。 よかったよ。
これは、チョウたちがささやいている声のように書かれています。
「つかまらずにすんで、よかったね」——そう読むこともできます。けれど、それだけではないように思います。
この物語で、うれしい思いをしたのは誰でしょうか。
- 逃げられた女の子
- 帽子から飛び立てたチョウ
- 誰かをそっと助けた松井さん
- 帽子を開けたら夏みかんが入っていた男の子
- そして、不思議な出来事を見届けた読者
登場する誰もが、少し不思議で、少しあたたかい経験をしました。 そのすべてを含んだ「よかったね。よかったよ。」なのだと思います。
誰か一人のための言葉ではないからこそ、読み終えたあとに、静かなあたたかさが残るのではないでしょうか。
考えてみたい問い
| 問い | ねらい |
|---|---|
| あの女の子は、何だったと思う? | 自由な想像。正解はない |
| 「菜の花横町ってあるかしら」って、どんな気持ちの言い方だろう | 会話文から気持ちを読む |
| どうして行き先も言わずに、急いでいたんだろう | 行動の理由を考える |
| 作者は、どうして「チョウです」と書かなかったのかな | 書かれていないことに気づく |
| 「よかったね。よかったよ。」は、誰にとっての「よかった」だろう | 物語全体を振り返る |
この記事は、YouTube「おわか文庫」の考察動画をもとに書いています。あわせて「どうして夏みかんだったのか」、「色にかくされた意味」もどうぞ。
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