『注文の多い料理店』なぜ二人の顔は戻らなかったのか──犬に助けられたあとに残るもの
▶ YouTubeで見る注文の多い料理店|逃げて終わりじゃない二人の紳士は、最後には山猫軒から助かります。けれど、こわがってくしゃくしゃの紙くずのようになった顔は、お湯に入っても元に戻りません。
体は助かったのに、なぜ顔だけが戻らなかったのでしょうか。物語の最後に残された場面を考えてみます。
二人は、食べられる側だと気づく

鉄砲を置かされ、服を脱がされ、クリームを塗らされ、最後に塩を体にもみ込むように言われます。
ここで二人は、自分たちが料理される側だったと気づきます。そして、顔がくしゃくしゃの紙くずのようになるほど泣き出します。
それまで立派な服を着て、鉄砲を持っていた二人は、食べられるかもしれないというこわさの前で、何もできなくなります。
外側の立派さは、二人を守れない

二人は、イギリスの兵隊のような格好をし、ぴかぴかの鉄砲を持っています。自分たちを立派に見せるものを身につけています。
けれど、山猫軒ではその立派さは役に立ちません。鉄砲は置かされ、服も脱がされます。
紙くずのような顔は、ただこわがった顔ではなく、外側の立派さが崩れた顔とも読めます。
自分も一つの命だと知る

二人は、動物を撃って楽しもうとしていました。犬が倒れたときも、その命より損をした金額を先に考えます。
ところが山猫軒で、二人自身が食べ物として扱われます。自分も、だれかにとっては食べられる側になるかもしれない命だと、身をもって知ることになります。
顔が戻らないのは、このこわさを知ってしまったしるしなのかもしれません。
最初に倒れた犬が、助けに来る

二人を助けたのは、最初に倒れたはずの犬たちです。犬たちは山猫軒に飛び込み、山猫を追い払います。
二人は犬が倒れたとき、悲しむより先にお金のことを言いました。その犬たちが、最後には二人の命を救います。
二人が大切に見ていなかった命に助けられる場面は、静かですが大きな意味を持っているように見えます。
二人は、元に戻ったのか

二人は猟師に助けられ、団子を食べ、山鳥を買って東京へ帰ります。
食べられるこわさを知ったあとでも、二人はまた食べる側へ戻っています。二人がすっかり変わったとは、物語には書かれていません。
だから、顔が戻らないことは罰とも読めますし、何もなかったことにはできないというしるしとも読めます。二人は山猫軒で見たものを、忘れられないのかもしれません。
考えてみたい問い
| 問い | 考える手がかり |
|---|---|
| 二人の顔が紙くずのようになったのは、どんな気持ちからだろう? | 二人が何に気づいたかを考える |
| なぜ犬たちは、二人を助けに来たのだろう? | 犬が倒れたときの二人の言葉と比べる |
| 顔が戻らなかったことは、罰だと思う? それとも忘れられない気づきだと思う? | 助かったあとの二人の行動を読む |
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