ミアとハルン 小さな魔法使いの旅
死者が帰ってくる祭り

旅の途中、小さな魔法使いの姉弟は、先生と森の道を歩いていた。
木々のすきまから、茜色の空の光が細く差し込んでくる。
「ねえ先生、暗くなる前に、森をぬけられる?」
姉のミアが、そう言ってふり返った、そのとき——。
目の前を、赤いものが横切った。
「猫だ」
弟のハルンが足を止めた。
赤毛の猫が、木の根もとにちょこんと座っていた。しっぽをくるりと巻いて、三人を見ている。

「おいで、おいで」
ミアがしゃがむと、猫は立ち上がった。軽い足取りで少し先まで行き、ふり返る。
近づくと、また走る。
「もう。この子、どうしたいの?」
「ついてきてって、言ってるのかな」
猫は片耳をぴくりと動かした。
先生が、少しだけ目を細める。
「行ってみる?」
赤毛の猫の後ろを追って、三人は細い道を進んだ。

やがて、木々の向こうに明かりが見えた。
一つ、二つ。近づくと、数えきれないほどの明かりだった。
森の先に、小さな町があった。道いっぱいに提灯がつるされ、笛と太鼓の音が聞こえてくる。
「お祭りだ!」
ミアは目をかがやかせて、町へかけこんだ。
そして、ぴたりと止まった。

目の前を、ガイコツが歩いていた。
右には、包帯だらけのミイラ。
左には、長い舌をたらしたおばけ。
その向こうでは、首のない男が、お菓子を買っている。
「……ハルン」
「なあに?」
「先に、歩いていいわよ」
ミアは、ハルンの後ろへすっと回った。
「え。どうしたの?」
「ほら、進んで」
ハルンが歩くと、ローブが後ろへ引っぱられた。
ミアが、すそをぎゅっとつかんでいる。

「……ミア、おばけ怖いの?」
「ちがうわ。ハルンが迷子にならないようにしてるの」
頭の上で、紙のおばけが風にゆれた。
「ひゃっ!」
ミアはハルンの背中に、おでこをぶつけた。
赤毛の猫は、いつの間にかいなくなっていた。

「ねえ、そのままだと、逆に目立つよ」
ふたりの前に、おばけのお面がぬっと現れた。
ミアが息をのむより早く、お面が持ち上がる。
ふたりと同じくらいの年の女の子が、にこにこと笑っていた。
「旅の子? わたし、ライラ。お祭り、初めて?」
「う、うん。わたしはミア。こっちは弟のハルン」
「よかったら、案内してあげる。まずは、こっち!」
ライラは、お面屋のかごから二枚のお面を取った。店のおばあさんに見せてから、ふたりに差し出す。
「旅の人には、貸してくれるんだよ」
ミアには、にっこり笑った白いおばけ。ハルンには、たれ目のガイコツだった。
「これで、仲間入り」
ライラは、ハルンのお面のひもを結んでくれた。

「どうして、みんなおばけの格好なの?」
「今夜はね、死んだ人たちが帰ってくる日なの。一年に一度だけ」
ミアの手が、ひもの途中で止まった。
「帰ってくる……って?」
「お祭りに。おばけの人が目立つとかわいそうでしょ。だから、みんなおばけの格好をするの」
「じゃあ、この中に、本物もいるってこと!?」
「うん。だれだかわからないけどね」
ライラは楽しそうに笑った。
ミアは、そろそろとハルンの後ろにもどった。

「お祭りの最後に、あの大きな鐘が鳴るの。それでお祭りはおしまい。おばけたちも、帰らなくちゃいけないんだ」
ライラは町の奥の鐘のある建物を指さした。
「それまでは、ずっといるのね……」
「そう! だから、いっぱい遊ばなくちゃ」
ミアは頭を抱えた。
──どうやら、ライラとは少し話が合わない。
ミアは苦笑いしながら、帽子の横に笑顔のおばけを結び付けた。
「私はあちらで、お茶をいただいています。楽しんでおいで」
先生は、いつの間にかピエロのようなお面を顔につけていた。

ライラの案内で、三人は屋台の間を歩いた。
棺桶の形の店には、指そっくりの焼き菓子が並んでいた。
「これ、おいしいんだよ」
ライラが一本、ぽきりと折る。
「折らないで!」
「お菓子だよ?」
「……わかってるわ」
ひとかけら口に入れると、バターの香りが広がった。
ミアは、指のお菓子をじっと見つめたあと、ぱくぱくっと残りも食べた。
「どう?」
「もう一本だけなら、食べてもいいけど」
ミアの言葉に、ライラとハルンが、声をあげて笑った。

ライラが笑うたび、腰のあたりでちりんとかわいらしい音が鳴る。
古びた鈴が、短いひもで結ばれていた。
「それ、かわいいね」
ハルンが言うと、ライラは鈴を手に取った。
「これ? ずっと大事にしてるんだ」
くすんだ金色の表面に、小さな花の模様がある。
ライラは指でそっとつまんでから、手をはなした。

通りに出ると、背伸びをしている小さな男の子がいた。
慌てたように女の人の顔をのぞきこみ、すぐに首をふる。
「ちがう……」
次の人のところへ走っていく。
ミアが男の子に駆け寄って、声をかけた。
「ねえ、どうしたの?」
「お母さんを探してるんだ」
青い上着の男の子だった。手には、片耳の折れたうさぎのお面を持っている。
「迷子になったの?」
「ううん。ぼく……お母さん、去年、死んじゃって、離ればなれになっちゃったんだ。でも、このお祭りなら、会えるって」

ミアは、言いかけた言葉をのみこんだ。
「町に来てから、ずっと探してる。でも、まだ会えてないんだ」
男の子は、お面の折れた耳を指でなでた。
「どうしても、お母さんに言いたいことがあるんだ」
ライラは男の子の顔を見ていた。さっきまでの笑顔が、なくなっている。
けれど、すぐに身を乗り出した。
「じゃあ、絶対見つけよう!」
「そうだね!」
ミアも言った。
「ありがとう。ぼく、ロット」
ハルンはロットに手を差し出して、握手した。

ロットのお母さんは、長い髪をよく一つに結んでいたらしい。
「青い服が好きだった。あと、白い花の髪かざり。真ん中に、青い玉がついてるの」
「わかったわ。長い髪に、白い花ね」
ミアは通りを見渡した。
けれど、目に入るのはかぼちゃの頭や、白い布。髪どころか、顔も見えない。
「ちょっとだけ、お顔を見せてもらえますか」
ハルンが女の人に頼む。
長い舌のお面の下から、丸いめがねが現れた。
ロットが首をふった。

ライラが路地を指さす。
「あっちのお店でも聞いてみよう」
入口に、首のない男が立っていた。
「あの。白い花の髪かざりの女の人を見ませんでしたか?」
「ああ。さっき見たような。おっと」
男の小わきから、首が落ちた。
「きゃあっ!」
ミアはハルンの肩につかまった。
「ごめん、ごめん。よく落とすんだ」
作り物の首を拾うと、襟の下から本当の顔がのぞいた。
ロットが、ふっと笑った。

男は、輪になって踊っている人たちを指さした。
「あっちへ行ったよ。子どもを探してるみたいだったな」
「お母さんかもしれない!」
ロットの声に、ミアはハルンの肩から手をはなした。
「行こう!」
「もう、怖くないの?」
「怖いわよ。でも今は、それどころじゃないでしょ!」

太鼓に合わせて、ガイコツたちが踊っていた。
ふと、輪の向こうに、白い花の髪かざりをつけた女の人が見えた。
近づこうとしたミアの手を、ガイコツがつかむ。
「さあ、一緒に!」
「ちがうの、わたしたち──」
右へ三歩。左へ三歩。
ハルンもライラもロットも、次々と踊りの輪の中に入れられてしまった。
「ミア、どうしよう」
「とりあえず、足を合わせて! 踊るのよ!」
ミアが左へ行くと、ハルンは右へ動いた。
「そっちじゃない!」
「ミアが、ぼくの足を踏んでるんだよ」

ロットを間にはさんだライラが、笑いながら輪の出口を探す。
ようやく輪をぬけると、髪かざりをつけた女の人はいなくなっていた。
「でも、あの人、子どもを探してたって言ってたよ」
ハルンがロットを見た。
「お母さんも、きっと探してる」
ロットは、うさぎのお面をにぎり直した。
ライラがロットの肩に手を置いた。
「あっちも見よう。昔から、この時間になると、広場はよく人が集まってる」
ちりん。
走り出したライラの鈴の音を追って、三人は走った。

町中に大きな声が響く。
「最後の大仮面行列が始まります! みなさん、広場へどうぞ!」
屋台の人たちが鍋にふたをして、通りへ出てきた。
ガイコツもミイラも、次々と広場へ向かっていく。
四人が広場に着ついたころには、もうあたり一面おばけでいっぱいだった。
大きな帽子やお面をつけた人たちであふれかえって、少し先も見えない。
「あそこに上がろう!」
ライラが指さしたのは、お祭り用の小さな舞台だった。
横の階段から上がると、広場の向こうまで見渡せた。
四人は舞台の端に並び、見回す。

「長い髪に、白い花……」
ミアがつぶやく。
右から左へ、ゆっくりと目を動かす。
かぼちゃの帽子。黒いとんがり帽子。白い布のおばけ。
花のついた帽子もあったけれど、ロットは首をふった。
「……いない」
広場の奥は、提灯の明かりが届きにくかった。
人はたくさんいるけれど、よく見えない。
「暗くて、見えないところもあるわね」
ミアは指先を持ち上げた。
「少し、明るくしてみるわ」

小さな光が一粒、生まれた。
続けて、もう一粒。また一粒。
ミアは光の粒を、広場の上へ散りばめていった。
ぽっ、ぽっ、ぽっ。
小さな明かりが、人々の頭の上に浮かんだ。
「わあ、きれい」
だれかが空を見上げた。
ミアは、暗かった広場の奥を照らした。

すると、噴水の近くで何かがきらりと光った。
一つ結びの長い髪に、白い花。
花の真ん中には、小さな青い玉があった。
「ロット。あの人は?」
ロットが、ミアの指さすほうを見た。
女の人が顔を上げた。
「お母さん!」

ロットは舞台の端から、大きく手を振った。
「お母さん! ここだよ!」
太鼓が鳴り、笛の音が重なる。
ロットの声は、お祭りの音にかき消された。
お母さんはこちらに気づかず、あたりを見回している。
右を見て、左を見て。近くを通った子どもの顔を、のぞきこむ。
「お母さん!」
ロットは、もう一度呼んだ。
けれど、お母さんは人ごみのほうへ目を向けるばかりだった。

「ぼく、行ってくる!」
ロットが階段へ向かおうとすると、ライラが声をかけた。
「待って。ここを下りたら、見失っちゃうよ」
階段の下では、人がぎっしりと並んでいた。
ロットは舞台の端にもどり、両手を高く振った。
「ここ! ここにいるよ!」
太鼓がひときわ大きく鳴った。
「これで、今夜のお祭りはおしまいです!」
大きな拍手がわき起こった。
「まもなく、お帰りの鐘が鳴ります!」
ライラが鐘のある建物を見上げた。
ロットの手が、ゆっくりと下がる。
「お母さん、気づいてくれないよ……」

ハルンは、広場に浮かぶ光を見た。そして、ロットと見比べる。
「ミア。ロットだけを照らせる?」
「え?」
「まわりが暗くなったら、きっと見つけてもらえる」
ミアはハルンの顔を見て、うなずいた。
「できるわ。やってみよう!」
ハルンが舞台の上にしゃがみ、両手をついた。
足もとの影が、すうっと広がる。
舞台を下りて、石だたみを渡り、広場を包んでいく。
提灯の明かりも、ミアが浮かべた光の粒も、影の中に隠れた。
あたりが、真っ暗になった。

「おや?」
「明かりが消えたぞ」
人々が足を止めた。
「ミア、今だよ」
ミアは、ロットの頭の上に一つだけ光をともした。
やわらかな光が、青い上着を照らす。
うさぎのお面を持った手も、少し心細そうな顔も、はっきり見えた。
暗い広場に、ロットだけが浮かび上がった。
お母さんが顔を上げた。
今度は、まっすぐにロットを見た。
「……ロット!」
「お母さん!」
ふたりの目が合った。

ハルンが両手を上げると、影がすうっと引いた。
広場に提灯の明かりがもどった。
お母さんが走り出す。人々が道をあけた。
ロットも階段をかけ下りた。
最後の一段を飛び下り、そのまま、お母さんの腕の中へ飛びこんだ。

「やっと会えた!」
「うん。お母さんも、ずっと探してた」
お母さんはひざをつき、ロットを強く抱きしめた。
「どこにいたの?」
そう言うロットの目に、涙が浮かんだ。
「お菓子のお店に行って、それから、踊ってるところにも」
「ぼくも行ったよ! ガイコツの踊りでしょ?」
「そう。あそこにいるかと思って」
「ぼく、踊っちゃったんだよ。お母さんを探してたのに」
お母さんが、目を丸くした。
ロットが笑った。お母さんも笑った。

ミアたちは舞台を下り、少しはなれたところで見ていた。
ロットがお母さんのそでを引いた。
「あのね。言いたかったことがあるんだ」
「なあに?」
「お母さん。ぼく、ちゃんと元気だからね」
お母さんは、ロットの顔をじっと見た。
それからロットの頭をやさしくなでて、うなずいた。
「うん。会えて、よくわかった」
ロットは、ほっとしたように笑った。
「お母さんも、元気?」
「ええ。元気よ」
「よかった」
ロットは、もう一度お母さんに抱きついた。

ミアは、隣のハルンを見た。
「うまくいったわね」
「うん。見つけてもらえた」
ライラが、ふたりの背中をぽんとたたいた。
「ふたりとも、すごい!」
ミアは、少し得意そうに胸を張った。
「ライラが高いところを見つけてくれたからよ」
「じゃあ、三人ともすごいね!」
三人は声をそろえて笑った。

ライラが、腰のひもをほどいた。
ちりん──かわいらしい鈴の音が鳴る。
「ハルン」
「なに?」
「これ、あげる」
ハルンの手のひらに、小さな鈴が置かれた。
「でも、それ、大事なものなんでしょ?」
「うん。だから、あげる」
ライラはハルンの指を、鈴を包むようにそっと閉じた。
「今年は、最高のお祭りだったよ」

「わたし、もう走れないわ」
ミアが言うと、ライラは笑った。
「来年は、踊りも練習しておいてね」
「ハルンに言って。足をまちがえるんだから」
「ミアが踏むんだよ」
三人は、また笑った。
「また来年」
「うん。また来年」
ハルンは、鈴をにぎったまま答えた。

鐘のある建物に、明かりがともる。
「あの、魔法使いさん」
ロットのお母さんの声だった。
ミアとハルンが振り向くと、お母さんがロットと手をつないで立っていた。
「この子を手伝ってくれたんですってね。本当にありがとう」
「みんなで探してくれたんだ。おばけにびっくりしながら!」
「それは、言わなくていいの」
ミアが口をとがらせると、ロットが笑った。
「ありがとう。お母さんに会えて、うれしかった」
「わたしたちもよ」
ミアも笑った。
そのときだった。

──ゴォーン。
大きな鐘の音が、町中に響いた。
お母さんの姿が、ふわりと淡くなった。
ロットが、つないだ手をぎゅっとにぎる。
その小さな体も、透き通っていった。
「……え?」
ミアは目をぱちぱちさせた。
お母さんだけじゃない。
ロットの青い上着も、うさぎのお面も、向こうが透けて見える。
「またね!」
ロットが、あいているほうの手を振った。
お母さんも、にっこりと笑った。
そして、手をつないだ親子は、そろって消えた。

ミアとハルンは、その場所を見つめたまま固まった。
「えーーー!?」
ふたりの声が重なった。
「ロットも、おばけだったの!?」
「ぼく、ぜんぜん気づかなかった……」
一緒に走った。ガイコツの輪で踊った。
ずっと、お母さんを探している普通の男の子だと思っていた。

広場のあちこちで、人の姿が消えていった。
残った人たちが、手を振っている。
ミアは、もう一度親子のいたところを見た。
ロットは最後まで、お母さんの手をしっかりにぎっていた。
「……一緒に帰れたね」
「うん」
ハルンもうなずいた。
ふたりは、小さく手を振った。

「ライラ。びっくりしたね!」
ハルンが振り返って言った。
「うん。……ライラ?」
ミアも振り返った。
そこには、もうだれもいなかった。
「あれ? ライラ?」
ハルンも辺りを見回した。
手の中で、ちりんと鈴が鳴る。
「おや。懐かしい鈴だね」

お面屋のおばあさんが、お面のかごを抱えて立っていた。
ハルンが手を開く。
「昔はね、帰ってきた人を迎えるときに、その鈴を渡したんだよ。この花の模様。わたしが子どものころのものだ」
ハルンの指が、動かなくなった。
「……女の子が、くれたんだ」
おばあさんは、鈴を見て静かに笑った。
「そうかい。大事にしておあげ。いいお祭りになったんだね」
ミアは、ライラが立っていたところを見た。
今年は最高だったと、笑った顔がよぎる。
「ライラも……」
「帰ってきてたんだ」
ハルンが、そっと言った。

ミアは、帽子につけたお面を外した。
一番怖くないやつ。
ライラが選んでくれた白いおばけは、変わらず、にっこり笑っていた。
「……また会えるかな」
ミアの問いに、ハルンは鈴を見つめた。
「『また来年』って言ってたよ」
ミアが顔を上げた。
ハルンが、小さく鈴をゆらした。
ちりんと、明るい音が鳴る。
ふたりは顔を見合わせて、笑った。

おばあさんにお面を返して広場にもどると、先生がふたりを待っていた。
「楽しいお祭りでしたか?」
ミアは少し考えてから、うなずいた。
「うん! すっごく怖かったけど!」
ハルンが笑った。
三人は町をあとにして、街道の宿へ向かった。

少しはなれた屋根の上で、赤毛の猫がその背中を見ていた。
しっぽが、ひょいと揺れる。
次の瞬間、そこには赤い髪の男の子が座っていた。
精霊ゲンエイは、足をぶらぶらさせた。
「くくく。やっぱり、おもしろいな」
すっと屋根から飛び下りる。
音もたてずに地面に降りたときには、もう猫の姿だった。
赤いしっぽをふりふりしながら、三人をこっそり追っていく。

前のほうで、ミアが左へ一歩、足を動かした。
ハルンも、同じほうへ足をそろえる。
今度は、ぶつからなかった。
──ちりん。
ふたりは、うれしそうにほほえんだ。

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