← 読むページへ

ミアとハルン 小さな魔法使いの旅

銀河鉄道の夜

 旅たびのとちゅう、小ちいさな魔法使まほうつかいの姉弟きょうだいは、先生せんせいと見晴みはらしのいい野原のはらを歩あるいていた。

 丘おかの向むこうの町まちでは、家々いえいえの窓まどに明あかりがともりはじめている。

「ねえ先生せんせい、今夜こんやはベッドで寝ねられる?」

 姉あねのミアが、歩あるきながら背せのびをした。

「昨日きのう、木きの根ねっこが背中せなかに当あたって、痛いたかったのよ」

「でも、いちばん先さきに寝ねてたよ」

 弟おとうとのハルンが言いう。

「寝ねるのと、痛いたいのは別べつでしょ」

 ふと、道みちの先さきを見みると、少すこし高たかいところに、人ひとが立たっていた。

 大おおきなつば広ひろ帽子ぼうしに、黒くろい長ながいコート。細身ほそみの背せの高たかい男おとこの人ひとが、分厚ぶあつい本ほんを開ひらいて、星空ほしぞらと見比みくらべている。

 帽子ぼうしの下したで、眼鏡めがねがかすかに光ひかった。

「ふむ……光ひかりと影かげ。やはり、ここに来きましたか」

「え? わたしたちのこと?」

 ミアがきょとんとした顔かおで、男おとこの人ひとを見みる。

 男おとこの人ひとは本ほんから目めを上あげた。

「あなたたちには、どう聞きこえましたか」

「だって、わたしは光ひかりの魔法まほう、ハルンは影かげの魔法まほうを使つかうもの」

 男おとこの人ひとは、静しずかにほほえんだ。

「私わたしはブルカニロ。星ほしや、人ひとの旅たびについて調しらべています」

「わたしはミア。こっちは弟おとうとのハルン。それから、先生せんせい」

 ミアは、本ほんをのぞきこんだ。

 星ほしを線せんでつないだ図ず。古ふるい文字もじ。列車れっしゃの絵えのそばには、知しらない土地とちの名前なまえが並ならんでいる。

「イーハ・トーブ?」

 ハルンが文字もじを読よんで首くびをかしげる。

 博士はかせは本ほんを腕うでに抱かかえ、先生せんせいに目めを向むけた。

 二人ふたりは、ほんの少すこし長ながく、顔かおを見合みあわせた。

「これからも、ずっと二人ふたりで旅たびを?」

 博士はかせがふたりをのぞきこむ。

「もちろんよ」

 ミアはすぐに答こたえた。

「ハルンも、そうでしょう?」

「うん。……でも、ずっと先さきのことは、まだわからないよ」

「先さきも同おなじじゃない?」

 ミアが言いうと、ハルンは少すこし考かんがえる顔かおをした。

 博士はかせは、本ほんの背せをそっとなでた。

「いつか、別々べつべつの道みちに行いきたくなったら?」

「どうして? 一緒いっしょのほうが楽たのしいのに」

「さて。二人ふたりとも、ずっと同おなじことを楽たのしいと思おもうでしょうか」

 ミアは口くちを開ひらきかけて、口くちごもる。

「あなたたちにとって、ほんとうの幸しあわせとは、なんでしょうね」

 博士はかせは本ほんを開ひらき、星空ほしぞらへ目めを向むけた。

 満天まんてんの星空ほしぞらがどこまでも高たかく広ひろがっていた。

 博士はかせと別わかれたあと、町まちに入はいると、ミアは小ちいさな店みせの前まえで立たち止どまった。

 窓まどに、白しろいミルクのびんが並ならんでいる。

「あっ、ミルク! 先生せんせい、買かってきてもいい?」

「ええ」

「先さきに宿やどに向むかってて! すぐ追おいつくわ」

「宿やどは、この道みちの先さきの青あおい屋根やねですよ」

 先生せんせいとハルンは、先さきへ歩あるいていった。

 ハルンのローブのすそが、角かどを曲まがって見みえなくなる。

 ミアは、なぜか、その角かどをじっと見みつめて、胸むねがぎゅっとつかまれるような気持きもちになった。

 どうしてか、ハルンが遠とおくに行いってしまうような、そんな気きがしたのだ。

「おじょうちゃん、ミルクかい?」

 店みせのおくからおじさんの声こえがして、ミアはあわててうなずいた。

 ミルクを買かって外そとに出でると、町まちはひっそりとしていた。

 びんを両手りょうてで抱かかえ、青あおい屋根やねを探さがす。

 その上うえに、数かぞえきれない星ほしが光ひかっていた。

 ──博士はかせが持もっていたあの本ほんには、この星ほしのことものっているのかな。

 ふと、足あしの裏うらに、ことん、と振動しんどうが伝つたわった。

 ことん、ことん。かたん、かたん。

「……なに?」

 星ほしの間あいだを、細ほそい光ひかりが走はしっていた。光ひかりは、一筋ひとすじの線せんになってミアのほうへ近ちかづいてくる。

 遠とおくで、甲高かんだかい汽笛きてきが鳴なった。

 ミアは思おもわず目めを閉とじた。

 次つぎに目めを開あけたとき、ミアはやわらかな座席ざせきに座すわっていた。

 頭あたまの上うえで、黄色きいろいランプがゆれている。

「ミア?」

 向むかいの席せきに、ハルンが座すわっていた。

「ハルン! どうしてここにいるの?」

「わからない。先生せんせいと歩あるいてたんだけど……」

 二人ふたりは不思議ふしぎな表情ひょうじょうを浮うかべて、窓まどに顔かおを寄よせた。

 銀色ぎんいろの川かわが、空そらいっぱいに流ながれていた。川かわの粒つぶの一つ一つひとつひとつが、美うつくしい星ほしだった。

 その川岸かわぎしを、列車れっしゃは走はしっている。

「きれい……」

 ミアは、ミルクを抱かかえなおした。

 車両しゃりょうの前まえも後うしろも、だれもいない。

「銀河鉄道ぎんがてつどうへ、ようこそ」

 どこからか、聞きき覚おぼえのある声こえがした。

「博士はかせ?」

「この列車れっしゃは、あなたたちの歩あるいてきた道みちを通とおります」

 ミアは博士はかせを探さがして、座席ざせきの下したまでのぞいた。

「どこにいるの?」

 返事へんじのかわりに、汽笛きてきが鳴なった。

 窓まどの外そとに、小ちいさな駅えきが見みえた。

 駅えきの看板かんばんには、『はじまり』と書かいてあった。

 星ほし明あかりの向むこうに、古ふるい教会きょうかいが見みえる。

「……わたしたちの教会きょうかい?」

 ミアは思おもわず列車れっしゃから飛とび出だして、足あしを止とめた。

 教会きょうかいの入いり口ぐちの石段いしだんに、小ちいさな女おんなの子こが座すわっていた。

 赤あかん坊ぼうをひざに乗のせ、落おとさないように、両腕りょううでで抱かかえている。自分じぶんだって、赤あかん坊ぼうより少すこし大おおきいだけだった。

「あれ、ミア……?」

 ハルンが言いった。

 女おんなの子こは、赤あかん坊ぼうの顔かおをのぞきこんでいた。

 教会きょうかいの戸とが開あいた。

「おや。どうしたんだい」

 神父しんぷだった。ミアが覚おぼえているより、少すこし若わかい。

 神父しんぷはあたりを見回みまわし、それから女おんなの子この前まえにひざをついた。

 毛布もうふには、二人ふたりの名前なまえを書かいた紙かみがはさんであった。

 その下したに書かかれていた文字もじを、ミアは声こえに出ださずに読よんだ。

 ──世界せかいを救すくう希望きぼうの光ひかり。そして、その影かげ。

 だれが書かいたのだろう。

 道みちの先さきを見みても、人ひとの姿すがたはなかった。

「寒さむかったね。中なかにおいで」

 神父しんぷが赤あかん坊ぼうを抱だき上あげようとすると、女おんなの子こは腕うでに力ちからをこめた。

「大丈夫だいじょうぶ。一緒いっしょだよ」

 神父しんぷは、毛布もうふごと二人ふたりを抱かかえた。

 こわばった小ちいさな手てが、やっとほどけた。

「わたし、こんなに小ちいさかったのね」

「ぼくを抱だっこしてたんだね」

「……重おもかったでしょうね」

 二人ふたりは少すこし笑わらった。

 教会きょうかいの戸とが、ゆっくり閉しまっていく。

 ミアはそのすきまを、じっと見みていた。

「さて、次つぎの駅えきに向むかいますよ」

 博士はかせの声こえが聞きこえて、視界しかいが揺ゆらぎ、列車れっしゃに引ひき戻もどされた。

 また、車窓しゃそうから銀ぎんの川かわが見みえる。

 ──わたしたち、あんなに小ちいさなころに……。

 次つぎの駅えきの名前なまえは、『教会きょうかい』だった。

 さっき小ちいさな二人ふたりがいた庭にわに、子こどもたちの声こえが響ひびいていた。

「見みててね!」

 幼おさないミアが、手てを広ひろげる。

 光ひかりの粒つぶが飛とび出だし、洗あらいたてのシーツのまわりをくるくる回まわった。

 幼おさないハルンの足あしもとからは、長ながい耳みみをした影かげがのびる。

「うさぎだ!」

「次つぎ、鳥とりにして!」

 子こどもたちは笑わらいながら、影かげを追おいかけた。

「覚おぼえてる。この子こ、うさぎばっかり頼たのむのよ」

 ミアが言いうと、ハルンもうなずいた。

「そういや、神父しんぷさまのほうきも、浮うかせちゃったね」

 庭にわのすみで、神父しんぷが宙ちゅうに浮ういたほうきをつかもうとしていた。

「掃除そうじまで、してくれると助たすかるんだけどねえ」

 神父しんぷのつぶやきに、子こどもたちが笑わらった。

 ミアは、思おもわず一歩いっぽ、庭にわに入はいった。

 懐なつかしい声こえが、すぐそこにある。

「ねえ、わたしたちも──」

 けれど、女おんなの子こがミアの体からだをすりぬけていった。

 伸のばした手ては、なにもふれられなかった。

 風かぜが吹ふき、シーツが大おおきくふくらんだ。

 その陰かげから、男おとこの人ひとの声こえがした。

「そんなものを出だすな!」

 庭にわの笑わらい声ごえが止とまった。

 迎むかえに来きた男おとこの人ひとが、自分じぶんの子こどもの腕うでを引ひいていた。

「変へんなものに、さわるんじゃない」

「変へんじゃないわ。ハルンのうさぎよ」

 幼おさないミアが言いい返かえした。

「こっちへ来くるな」

 男おとこの人ひとは、手てを強つよく振ふった。

 幼おさないミアがよろけた。

 幼おさないハルンの影かげが、びくりとふくらんだ。

 庭にわを黒くろいものが走はしり、男おとこの人ひとの足あしもとまで広ひろがる。

「なんだ、これは!」

「ハルンに怒おこらないで!」

 幼おさないミアの体からだから、まぶしい光ひかりがあふれた。

 窓まどががたがたと鳴なり、植木鉢うえきばちが宙ちゅうに浮うく。子こどもが泣なき出だした。

 幼おさないハルンは、自分じぶんの影かげを押おさえるようにしゃがみこんだ。

「ごめんなさい。ごめんなさい……」

 影かげは、すぐには小ちいさくならなかった。

 ミアは、幼おさないハルンへ駆かけ寄よった。

 その肩かたに手てを置おこうとして、また、すりぬけた。

「怖こわかっただけなのよ」

 男おとこの人ひとに向むかって言いった。

「この子こ、なにもしてないじゃない!」

 声こえは届とどかなかった。

 神父しんぷが二人ふたりの前まえに立たち、子こどもたちを落おち着つかせていた。

 その向むこうで、だれかがつぶやいた。

「悪魔あくまの子こだ」

 ミアは手てを、ぎゅっとにぎりしめた。

 それから、教会きょうかいに遊あそびに来くる子こは減へっていった。

 教会きょうかいの門もんの外そとで、うさぎの好すきな女おんなの子こが立たち止どまる。

「ねえ、遊あそぼう」

 幼おさないミアが呼よぶと、女おんなの子こは一度いちど、うなずきかけた。

 けれど、となりの子こが、その服ふくを引ひいた。

「あの子こたちと遊あそぶなら、もう、わたしたちとは遊あそばないで」

 女おんなの子こはうつむいて、行いってしまった。

 幼おさないミアは、ハルンの前まえに立たったまま、門もんを見みていた。

「いいわ。二人ふたりで遊あそべば」

 強つよい声こえだった。

 でも、ミアは知しっている。

 あのとき、門もんの向むこうへ走はしっていって、待まってと言いいたかった。泣なくのをぐっとがまんしてたんだ。

「ぼく、あの日ひから、うさぎを出ださなくなったんだ」

 となりでハルンが言いった。

「そうだった?」

「また怖こわくなったら、影かげが大おおきくなるから。悲かなしいのも、怒おこるのも、がまんしようって」

 幼おさないハルンは、両手りょうてをひざにはさんでいた。

 幼おさないミアがいくら話はなしかけても、小ちいさくうなずくだけだった。

「わたし、ハルンは気きにしてないんだと思おもってた」

「ぼくも。ミアは、みんながいなくても、平気へいきなんだと思おもってた」

 ミアは首くびを横よこにふった。

「ううん、怖こわかった。……次つぎはだれが、わたしたちを嫌きらいになるんだろうって」

 ハルンが、顔かおを上あげた。

 ミアは笑わらおうとした。でも、うまく笑わらえなかった。

「お姉ねえちゃんなのにね」

「ミアだって、子こどもだったよ」

 ハルンは、庭にわの小ちいさな二人ふたりの背中せなかを見みた。

「ぼくより、ちょっと大おおきいだけだ」

 ミアは、なにも言いえなかった。

 列車れっしゃが、顔かおを見合みあわせた二人ふたりを引ひき戻もどした。

 三みっつ目めの駅えきは、『旅立たびだち』だった。

 教会きょうかいの壁かべに、黒くろい文字もじが荒々あらあらしく書かかれていた。

 ──出でていけ。

 窓まどの下したには、小石こいしが散ちらばっている。

 神父しんぷは、水みずをしぼった布ぬので、壁かべをこすっていた。

 幼おさないミアとハルンが、戸との陰かげから見みていた。

「ぼくたちのせいだね」

「……そんなこと」

 幼おさないミアは、言いい終おえることができなかった。

 神父しんぷが振り返りふりかえり、二人ふたりに気きづいた。

「おなかがすいただろう。スープにしようか」

 手ては赤あかくなっていた。

「神父しんぷさま、わたしたち……」

 幼おさないミアが言いいかける。

 その声こえに重かさなるように、門もんの外そとから、こんこんと音おとが聞きこえた。

 黒くろいローブの旅人たびびとが立たっていた。

「先生せんせいだ」

 ハルンが、小ちいさく言いった。

 幼おさないハルンは、知しらない人ひとを見みて、幼おさないミアの後うしろにかくれた。

 足あしもとから、影かげがにじむ。

 旅人たびびとはその影かげを踏ふまないところまで近ちかづき、ひざをついた。

「こんにちは」

 それだけを言いって、影かげを気きにするようすもなく、ふたりをのぞき込こむ。

 幼おさないハルンが、幼おさないミアの背中せなかから、少すこしだけ顔かおを出だした。

「初はじめて先生せんせいと会あったとき、こわい気持きもちにはならなかったね」

 ミアがハルンに、ほほえんで言いった。

 教会きょうかいに夜よるが来きた。

 二人ふたりが寝ねている部屋へやのとなりで、先生せんせいと神父しんぷが話はなしていた。

「この子こたちを、私わたしに預あずけていただけませんか」

 神父しんぷは、考かんがえ込こむように机つくえをじっと見みつめた。

「旅たびは、危あぶなくありませんか」

「危あぶないこともあるでしょう」

 先生せんせいは静しずかに答こたえた。

「ですが、魔法まほうを使つかえる自分じぶんを、嫌きらいにならずにすむ場所ばしょもあります」

 神父しんぷは、眉まゆをひそめて先生せんせいを見みる。

「今日きょう、ハルンに聞きかれました。自分じぶんの影かげを、なくせないかと」

 ミアは、となりのハルンを見みた。

 ハルンは、目めを伏ふせた。

「私わたしは、ここを、この子こたちの家いえにしたかった」

 神父しんぷの組くんだ腕うでが小ちいさくふるえる。

「ですが、ここに引ひきとめることが、この子こたちのためになるのか……」

 先生せんせいは、神父しんぷの顔かおを見みつめ、ゆっくりとうなずいた。

 ランプの火ひが、小ちいさくゆれた。

 朝あさになると、教会きょうかいの前まえに旅たびの荷物にもつが並ならんでいた。

 道みちの向むこうで、大人おとなたちがほっとしたように話はなしている。

「やっと出でていくそうだ」

 幼おさないミアは、そちらを見みないようにしていた。

 神父しんぷは、二人ふたりの服ふくのえりを直なおした。

「おなかがすいたら、ちゃんと言いうんだよ。寒さむいときもね」

「わかってるわ!」

 幼おさないミアは、わざと元気げんきに答こたえた。

「ハルンのことも、わたしがちゃんと見みるから」

 神父しんぷの手てが止とまった。

 それから、二人ふたりを一緒いっしょに抱だきしめた。

「ミアも、困こまったら言いいなさい」

 幼おさないミアの顔かおが、神父しんぷの服ふくにうまった。

 ──あの服ふくのにおい、覚おぼえてる。

 先生せんせいがゆっくりと歩あるき出だす。幼おさない二人ふたりは、そのあとを追おった。

 二人ふたりが見みえなくなっても、神父しんぷは手てを振ふっていた。

 ミアは、その場ばから動うごけなかった。

「……神父しんぷさまも、寂さびしかったのね」

 神父しんぷは、これでもう石いしを投なげられずにすむ。だから、よかったのだと、ミアは思おもおうとしていた。

「ミア」

 ハルンの声こえがした。

 振ふり返かえると、弟おとうとが立たっていた。

 石段いしだんにいた赤あかん坊ぼう。庭にわでうさぎをつくった子こ。黙だまって、ひざに手てをはさんでいた子こ。

 いつも、そばにいた。

 顔かおも知しらない親おやも、友ともだちも、神父しんぷも、ミアのとなりからいなくなった。

 けれど、ハルンだけは。

「……ハルンまで、いなくなったら、いやだ」

 言いったとたんに、涙なみだがこぼれ落おちた。

 ハルンが、びっくりしたように目めを見開みひらいた。

「わたし、ずっと一緒いっしょって、決きまってると思おもってた。だって……そうじゃなかったら」

 続つづきを言いおうとすると、のどがつまった。

 視界しかいが揺ゆらぎ、また、列車れっしゃに引ひき戻もどされる。

 車窓しゃそうに、二人ふたりの顔かおが映うつっていた。

 列車れっしゃの音おとだけがことん、ことんと続つづく。

 ミアは、ひざの上うえのミルクびんを見みつめた。

「ハルンは、いつか……一人ひとりで行いきたい?」

「……わからない」

 ハルンは、窓まどの外そとを見みた。

「でも、行いってみたいところができたら、自分じぶんで決きめたい」

「わたしが、別べつのところに行いきたくても?」

 ハルンは少すこしためらってから、うなずいた。

 ミアは顔かおをあげる。

「ミアといるのが、いやなわけじゃないよ」

「……うん」

「ぼく、すぐミアを見みるんだ。困こまったときも、どっちにするか聞きかれたときも。ミアが決きめてくれたら、ほっとする」

 ハルンは、ひざの上うえで手てを開ひらいた。

「でも、そればっかりは、いやなんだ」

 ミアは、その手てを見みた。

 村むらを守まもる黒くろい火ひを出だした手てだった。

 自分じぶんより小ちいさくて、いつも引ひっぱってきた手て。

 同おなじ手てなのに、今いまは少すこしちがって見みえた。

「わたし、大人おとなの国くにに行いきたいって言いったとき、勝手かってに走はしっていったわね」

「うん。止とめるひまもなかった」

「ハルンも、あんなふうに行いきたい?」

「あんなに急きゅうには、行いかないと思おもうけど」

 ミアは、鼻はなをすすって、少すこし笑わらった。

 それからまた、黙だまった。

 行いかないで、と言いいたかった。

 けれど、それを言いえば、ハルンはまた、自分じぶんの気持きもちをしまってしまうかもしれない。

 列車れっしゃが、静しずかに止とまった。

 四よっつ目めの駅えきには、名前なまえがなかった。

 白しろい看板かんばんと、細ほそいホーム。その先さきは、暗くらくて見みえない。

 ただ、足あしもとから続つづく線路せんろが、少すこし先さきで二ふたつに分わかれていた。

「ここは……?」

 ミアが聞きくと、博士はかせの声こえがした。

「まだ、歩あるいたことのないところです」

「どっちに行いったら、どうなるの?」

 返事へんじはなかった。

 風かぜが、看板かんばんをかすかにゆらした。

 ミアは、ハルンのそでをつかんだ。

 暗くらい道みちへ、一人ひとりで行いってしまいそうな気きがした。

「今いま、選えらばなくちゃいけないの?」

 ハルンが、小ちいさくつぶやく。

「……ハルンは、どこに行いってみたい?」

 ミアは聞きいた。

「まだわからない。ミアは?」

「わたしも」

 二人ふたりは、真まっ白しろな駅えきの看板かんばんを見上みあげた。

 今いますぐ、別々べつべつの道みちを選えらびたいわけではない。

 でも、この先さきもずっと一緒いっしょだって決きまってるわけじゃない。

 ミアは、つかんでいたそでを、ゆっくり離はなした。

「行いきたいところができたら、教おしえてね」

「ミアもね」

「わたし、いやって言いっちゃうかもしれない」

 ハルンは少すこし考かんがえた。

「うん。でも、話はなしは聞きいてほしい」

「……聞きくわ」

 胸むねの奥おくは、まだ、少すこし痛いたかった。

 汽笛きてきが鳴なった。

 ハルンが、列車れっしゃを振ふり返かえる。

「戻もどろっか」

「うん」

 ミアとハルンは、一緒いっしょに歩あるき出だした。

 列車れっしゃが走はしり出だすと、ホームはすぐに見みえなくなった。

「ほんとうの幸しあわせは、見みつかりましたか」

 博士はかせの声こえが、車内しゃないに響ひびいた。

 ミアは、向むかいのハルンを見みた。

「……わからない」

「ぼくも」

 ハルンが言いった。

「博士はかせは、知しってるの?」

 ミアは天井てんじょうを見上みあげた。

 少すこし間まがあって、ページをめくるような音おとがした。

「私わたしも、旅たびのとちゅうですよ」

「なんだ。分厚ぶあつい本ほん、持もってるのに」

 ミアが言いうと、かすかな笑わらい声ごえに、本ほんを閉とじる音おとが重かさなった。

「じゃあ、これから探さがすわ」

 言いってから、ミアはハルンを見みた。

 ハルンもミアを見みて、うなずいた。

 銀色ぎんいろの川かわが、窓まどいっぱいに広ひろがる。

 星ほしの明あかりの中なかで、列車れっしゃの音おとが、少すこしずつ遠とおくなっていった。

「ミア!」

 気きがつくと、町まちの通とおりに立たっていた。

 手てには、買かったばかりのミルク。

 店みせのおくで、おじさんがお金かねをしまっている。

 角かどの向むこうから、ハルンが走はしってきた。

「なかなか来こないから、迎むかえに来きたよ」

 少すこし遅おくれて、先生せんせいもやってきた。

「どうしましたか」

「……今いま、列車れっしゃに」

 ミアは空そらを見上みあげた。

 どこまでも、星ほししかなかった。

「列車れっしゃ?」

 ハルンが首くびをかしげる。

「ううん。なんでもない」

 三人さんにんは、宿やどに向むかって歩あるきはじめた。

 ハルンが、ミルクびんをちらりと見みた。

「飲のむ?」

「いいの?」

「半分はんぶんね。わたしの分ぶんも、ちゃんと残のこしてよ」

 ハルンはびんを受うけ取とり、こくこくと飲のんだ。

「あっ、ちょっと。半分はんぶんって言いったでしょ」

「まだ、半分はんぶんじゃないよ」

 戻もどってきたびんを、ミアも口くちに運はこぶ。

 ミルクは、少すこし甘あまかった。

 足音あしおとが、石いしだたみに響ひびく。

「ねえ、ミア」

「なに?」

「ぼく、行いってみたいところができたら、ちゃんと言いうね」

 ミアは、びんから口くちを離はなした。

「……ハルン、覚おぼえてるの?」

「なにを?」

 ハルンは不思議ふしぎそうに振ふり返かえった。

「ううん」

 ミアは首くびをふり、空そらを見上みあげる。

 遠とおくで、ほう、と汽笛きてきが鳴なり、銀色ぎんいろの星ほしがまたたいた。

「ミア、また置おいていかれちゃうよ」

 ハルンが呼よんでいた。

 その先さきで、先生せんせいが待まっている。

「今いま、行いくわ!」

 ミアは、ミルクをこぼさないように、二人ふたりのところへ走はしった。

 ──明日あしたはどこへ行いくんだろ。

 追おいついたら、ハルンにも聞きいてみよう。

 青あおい屋根やねの上うえから、銀色ぎんいろの星ほしが三人さんにんをやさしく照てらしていた。