『銀河鉄道の夜』「ほんとうの幸い」とは何か──ジョバンニは、なぜ最後に走ったのか
▶ YouTubeで見る銀河鉄道の夜|本当の幸せってなに?『銀河鉄道の夜』には、「ほんとうの幸い」という言葉が何度も出てきます。でも、ジョバンニにもカムパネルラにも、その答えは最後まで分かりません。
分からないまま、ジョバンニは現実の世界へ戻り、お母さんのもとへ走り出します。その姿から、物語に残された問いを考えてみます。
さそりの火が願ったこと

旅の途中、ジョバンニたちは赤く燃える「さそりの火」を見ます。さそりは、これまで小さな虫を食べて生きていました。
ところが、いたちに食べられそうになり、必死に逃げて井戸に落ちます。そのときさそりは、自分の命を何の役にも立てられないまま失うのではなく、みんなの幸せのために使ってほしいと願います。
その願いによって、さそりは夜の闇を照らす火になりました。ここには、自分の命を誰かのために使うことへの願いが描かれています。
ジョバンニとカムパネルラの願い

船から来た人たちが列車を降りたあと、ジョバンニはカムパネルラに、どこまでも一緒に行こうと言います。
そして、みんなの幸せのためなら、自分の体など何度焼いても構わないと話します。カムパネルラも「僕だってそうだ」と答えます。
二人は、さそりのように誰かのために生きることを、ほんとうの幸いの一つとして考えたのでしょう。でも、そのあとも二人は「ほんとうの幸い」が何なのか分からないと言います。
だれかのため、と自分の幸せ

カムパネルラは、ザネリを助けました。ジョバンニは、病気のお母さんを心配しながら暮らしています。二人には、だれかを大切にしたい思いがあります。
けれど、だれかのために自分をすべてなくしてしまえばよいのか、物語は答えません。カムパネルラの別れを前にして、ジョバンニにはその答えがいっそう難しくなったはずです。
「ほんとうの幸い」は、一人で決められるものではなく、相手の幸せや自分の生き方と結びついているのかもしれません。
答えを知らないまま、走り出す

旅から戻ったジョバンニは、カムパネルラのことを知ります。それでも、まだ温かい牛乳を抱え、お母さんのもとへ走ります。
ジョバンニは、ほんとうの幸いの答えを見つけたから走ったのではありません。答えが分からないまま、今、自分を待っているお母さんのところへ向かうのです。
大きな問いにすぐ答えが出なくても、目の前にいる人のためにできることはある。ジョバンニの走る姿は、そのことを示しているように見えます。
物語のあとも続く問い

『銀河鉄道の夜』は、「ほんとうの幸いはこれです」と教えて終わる物語ではありません。
誰かのために生きること。自分の生活を大切にすること。悲しい別れのあとも、目の前の人のもとへ戻ること。いくつもの場面が、読む人に考える手がかりを渡しています。
答えが決まっていないからこそ、この問いは物語を読み終えたあとにも残ります。
考えてみたい問い
| 問い | 考える手がかり |
|---|---|
| さそりが願ったことは、ほんとうの幸いだと思う? | さそりの火の場面を読み返す |
| ジョバンニとカムパネルラは、何を大切にしようとしたのだろう? | 二人の言葉と行動を比べる |
| ジョバンニは、なぜ答えが分からないまま走ったのだろう? | 牛乳とお母さんの存在に注目する |
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