読み深め

『ちいちゃんのかげおくり』「悲しい」と一度も書かない、悲しい話

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『ちいちゃんのかげおくり』は、えたあとにながむねのこ物語ものがたりです。

けれど、本文ほんぶんさがしてみてください。

かなしい」という言葉ことばが、いちてきません。

「こわい」も、「さびしい」も、「つらい」もてきません。

これほど気持きもちがうご物語ものがたりなのに、気持きもちをあらわ言葉ことば使つかわれていないのです。それなのに、わたしたちにはちゃんとつたわります。

どうやってつたえているのでしょうか。


気持きもちのかわりに、からだかれている

最後さいごのかげおくりの場面ばめんに、こんな一文いちぶんがあります。

ふらふらするあしをふみしめて、がりました。

ここには、気持きもちの言葉ことばひとつもありません。かれているのは、あし状態じょうたいだけです。

けれどんだひとは、すぐにかんります。

  • もう、まっすぐてないほどよわっている
  • それでも、とうとしている

「つらい」とくよりも、「ふらふらするあし」とくほうが、ずっとつよつたわります。 んだひとあたまなかに、その姿すがたがそのままかぶからです。


おとが、気持きもちのかわりになる

もうひとつ。そら見上みあげたちいちゃんに、家族かぞくこえこえてくる場面ばめんがあります。

とうさんのこえ、おかあさんのたかこえ、おにいちゃんのわらいそうなこえが——かさなってこえだした、とかれています。

ここでも、気持きもちの説明せつめいはありません。「うれしい」とも「いたい」ともかれていない。ただ、こえこえてくるだけです。

けれど、その家族かぞくはもうそこにいません。いないはずのこえこえている——その事実じじつだけで、ひとむねめつけられます。

状況じょうきょうそのものが、気持きもちのわりになっているのです。


なぜ、かないのか

では、なぜ「かなしい」とかないのでしょうか。いたほうがかりやすいはずです。

理由りゆうふたつあるとおもいます。

ひとつ——そのほうが、はっきりえる

むのはどもたちです。

むずかしい言葉ことば気持きもちを説明せつめいされるより、「ふらふらするあし」という一文いちぶんのほうが、場面ばめんがそのままかびます。

説明せつめいあたまとどきますが、描写びょうしゃからだとどきます。

ふたつ——ひとが、かんがえなくなるから

こちらのほうが、もっと大事だいじだとおもいます。

かなしい」といてしまうと、んだひとはそこでまってしまいます。

「ああ、かなしいはなしなんだ」——そうって、さきすすんでしまう。気持きもちがひとつにめられてしまうのです。

けれどかれていなければ、ひとまります。

「これは、どういう気持きもちなんだろう」

そして、自分じぶんなかからこたえをさがしはじめます。

自分じぶんなかからてきた気持きもちは、おしえられた気持きもちよりも、ずっとふかのこります。

この物語ものがたりは、ひとしんじているのだとおもいます。


おな作者さくしゃの、おなえらかた

作者さくしゃのあまんきみこさんは、『しろいぼうし』もいています。

その『しろいぼうし』でも、あまんさんは大事だいじなことをいていません。あの不思議ふしぎおんな正体しょうたいを、最後さいごまでかさないのです。

説明せつめいしない。めない。そのかわり、ひとかんがえる余白よはくのこす。

これは、この作者さくしゃ一貫いっかんしてえらんでいるかたなのかもしれません。


かんがえてみたい

この記事きじ見方みかたは、国語こくご授業じゅぎょうあつかわれる 表現ひょうげん工夫くふう にもつながります。

ねらい
このおはなしに「かなしい」って言葉ことばてくるかな。さがしてみよう かれていないことにづく
「ふらふらするあし」って、どんな様子ようすだろう 描写びょうしゃから想像そうぞうする
もし「ちいちゃんはかなしかった」といてあったら、かんかたわるかな かないことの効果こうかかんがえる
いちばんこころうごいたのは、どの場面ばめんだった? 自分じぶんかんかた言葉ことばにする

最後さいごいには、正解せいかいがありません。 どこで、どんな気持きもちをかんじたか。それを言葉ことばにできたら、それがそのこたえです。


この記事きじは、YouTube「おわか文庫ぶんこ」の考察こうさつ動画どうがをもとにいています。あわせてかげおくりの意味いみは、なぜわったのかちいちゃんはしあわせだったのか「それからなんじゅうねん」がつたえていることもどうぞ。

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