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子どもが自分で調べられる考察を──おわか文庫の動画に込めた思い

おわか文庫ぶんこを始はじめたきっかけは、クラスの子こどもの一言ひとことでした。

国語こくごの授業じゅぎょうで『ごんぎつね』を読よんでいたとき、ひとりの子こがつぶやきました。

「ネットで考察こうさつを調しらべてみる」

自分じぶんからもっと知しりたいと思おもって、調しらべようとする。その姿すがたがうれしくて、同時どうじに少すこし心配しんぱいにもなりました。 小学生しょうがくせいがインターネットで物語ものがたりについて調しらべても、出でてくる情報じょうほうの多おおくは、言葉ことばも前提ぜんてい知識ちしきも、子こどもには難むずかしすぎるからです。 専門せんもん的てきな考察こうさつには、専門せんもん的てきな価値かちがあります。 けれど、教科書きょうかしょで物語ものがたりに出会であったばかりの子こが、自分じぶんの力ちからで読よめる考察こうさつは、まだあまり多おおくないように感かんじました。

それなら、子こどもにも分わかる考察こうさつをつくろう。それが、おわか文庫ぶんこの始はじまりです。

答こたえではなく、考かんがえるきっかけを

考察こうさつ動画どうがというと、作品さくひんに隠かくされた正解せいかいを説明せつめいするものだと思おもわれるかもしれません。 でも、私わたしがつくりたいのはそうではありません。

なんとなく気きになった言葉ことば。理由りゆうもなく心こころに残のこった場面ばめん。「どうしてこんなことをしたんだろう」という疑問ぎもん。 そういう小ちいさな引ひっかかりを、子こどもと一緒いっしょに立たち止どまって考かんがえたいのです。 動画どうがを見みたあとに「そういう見方みかたもあるんだ」「私わたしは少すこし違ちがうと思おもう」「もう一度いちど読よんでみたい」 ——そう感かんじてもらえたら、それがいちばんうれしいことです。

親子おやこで語かたり合あえるものに

子こどもが音読おんどくの宿題しゅくだいをしているとき、そばで聞きいていた大人おとなが「このお話はなし、昔むかし読よんだな」と懐なつかしく思おもうことがあります。けれど、覚おぼえているようで、細こまかいところは案外あんがい忘わすれているものです。

そんなとき、少すこし立たち止どまって見みられる動画どうががあればいい。動画どうがを見みたあとに「あなたはどう思おもった?」 ——そんな会話かいわが生うまれる場所ばしょにしていきたいと思おもっています。

物語ものがたりは、読よみ返かえすたびに違ちがう顔かおを見みせる

物語ものがたりは、一度いちどあらすじを知しれば終おわりではありません。子こどものころはただ悲かなしい話はなしだと思おもっていたものが、大人おとなになると登場とうじょう人物じんぶつの不器用ぶきようさに気きづく。逆ぎゃくに、大人おとなが難むずかしく考かんがえすぎていたことを、子こどもの素直すなおな一言ひとことがほどいてくれることもあります。

自分じぶんで物語ものがたりについて考かんがえたいと思おもったときや、昔むかし好すきだった物語ものがたりを、ふと思おもい出だしたときなど。

そんな瞬間しゅんかんに、そっと開ひらいてもらえる動画どうがをつくっていきます。